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カチカチ、とウルフ警察官がマウスを操作すると、ふたつめの事故の映像がふたたび再生される。
二つ目の映像では、被害者の車体は後部の一部しか映っていない。大型トラックが黒の軽自動車にトラックが後ろから迫ってきて、ガシャンという大きな音を立てて衝突。黒い軽自動車が大破らしく、リアカメラの映像は乱れて途切れる。しかし前カメラは、ぶつかったトラックが一旦停車するものの、バックしてハンドルを切り返し、壊れた軽自動車の横をマフラー音をキュルキュルと響かせ、走り去っていく姿を捉えていた。確かに事故車のドライブレコーダーの映像だ。
「この音です! キュルキュル、って聞こえますよね? この音は、マニ割りっていうカスタムマフラーの音なんですよ……。このトラックはサウンドドレスアップしているんです」
「へえ~」
「ええと、わかりやすく言うと、マフラーを変えてエンジン音を変えているんですよ。ほら、独特な音でしょう? 指紋と同じで、車によって微妙に音が違うんです」
キュルキュルキュルキュルキュルキュル……
「ひとつ目と2つ目のトラックのエンジンサウンドは同じ音です。僕、ピアノを弾くので耳はいいんですよ。それに、ほら、ここ……」
ウルフ警察官は震えるその指で、マウスをカチッとクリックして映像を一時停止させた。そこには2つ目の事故をじいっと見つめる赤い服の女性が映っている。ウルフ警察官は、画面を拡大していく。ノイズが入ったように荒い画像では、顔ははっきりとは見えない。しかしまだらに赤く染まったワンピースは、1つ目の事故車であるベージュの車を運転していた女性と同じ服のようだった。
「……このトラック、早く捕まえねぇとな」
ヒロ警察官は、あんドーナツの最後の一個を口に放り込んだ。
「なんで……、早く、なんですか……?」ウルフ警察官が脅えた目でヒロ先輩を見る。
「もう二回も事故を起こしているんだぞ。それにな、ほら見てみろ」今度はヒロ先輩が人差し指で画面を指す。
「このガイシャ(被害者)、意外と気が短いみたいだぞ」
ウルフ警察官がモニターに視線を向けると、停止させたはずの画面の中で、血で染まった赤い服の女性がゆっくりとこちらを振りかえる……。
キュルキュルキュルキュルキュルキュルキュル
逃げていくトラックのマフラー音が警告のように鳴り響く。
「たまたまドラレコに映った事故を通報しなかっただけで、同じ目に合わされるなんてなぁ……。早く捕まえないとこのガイシャが……」
来る来る来る来る来る来る来る来る来……
指についた砂糖を舐めながら、「な? 落ち着いてパンダ(パトカー)に乗れねぇだろ?」と同意を求めるヒロ先輩の笑顔には、先輩の余裕と「慣れ」がにじんでいる。
慣れている。つまりそれは……。
(心霊現象は珍しくない、ということですかーっ?!)
ウルフ警察官は心の中で(キャーッ!)と甲高い悲鳴をあげた。
そして、ブルブル身を震わせながら、このトラックを検挙したら、転属願いを出そうと心に決めたのだった。
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