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4話 俺の歓迎会なのに……
「では田中さんの歓迎会、来週の金曜日ってことで」
「ああ」
着任から少し間が空いてしまったが、竜治の職場の歓迎会も日程が決まった。その日はシッターさんを頼んで夕食を食べさせてあとは寝るだけにしておけば大丈夫だろう。この県では少子化対策でシッターサービスに補助金が出るのだ。ちょっと過保護な気もするが、竜治はとにかく令央をなるべく一人にはしたくないと思っていた。
「……ん?」
その時、竜治のスマホに通知が来た。ちらりと見ると……蓮からである。
「ちょっと飲み物買ってくる」
竜治は席を立つと廊下の自販機に向かった。ガコン、と出てきたコーヒーを手にしてスマホを見た。
『土曜日、メガアミューズ行きましょう!』
そんなメッセージが間抜けなウサギのスタンプと一緒に飛んで来ていた。
『ここなられおくんも一緒にいけるっしょ』
メガアミューズっていうと色んなスポーツアトラクションやカラオケやボーリングができる施設だ。ちなみに竜治が高校生の時には出禁になっていた。
「そっか、最近あんまこういうとこ連れて行ってあげれてないよな」
引っ越しの梱包を解いたりたまった家事を片付ける関係で最近は令央は部屋でゲームをしていることが多い。
「こいつも一回相手すれば気が済むだろうし」
竜治はそう考えて連に了解の文字を送った。
『じゃあこちらでお夕食は食べさせますので』
「はい、冷蔵庫にラップしてありますから。よろしくお願いします」
「係長、行きますよ~」
「は、はい」
金曜日。終業後にビルの入り口に集合した職場の一行は竜治の電話を待って、居酒屋へと繰り出した。
「係長おうちに電話してたんですか?」
「あー……」
「奥さん厳しいんですねぇ」
「や、うちは一人親だから今シッターさんに電話してたんだ」
「あ、そうなんですか……あの……すみません」
竜治の向かいの席の女性社員、確か広井さんといったか。彼女にそう言うと申し訳なさそうに眉を寄せた。竜治はそれを見て飲みの席でそれなりに説明する必要があるな、と感じた。
「さ、予約におくれちゃうから行こう」
竜治は気に留めない素振りをして先頭の集団に追いつこうと歩みを早めた。
「それでは、田中さんの歓迎会ということで。乾杯!」
「かんぱ~い」
かちんとビールのグラスをかち合わせて、宴席がはじまった。
「所長、お注ぎします」
「田中くん、今日は君が主役だから」
「いえいえいえ」
それでも押し切って事業所長のグラスにビールを満たす。注がなかったらなんか言われるしどーでもいいけどどーでもよくないのだ。
「どうだい、こっちは」
「そうですね、東京と比べるとのんびりしてますね」
「だよなぁ、田舎田舎っていうけどそれがいいよなぁ」
それはそれで縁も所縁も断ち切ってる身としては辛い部分があるんだけどね。と竜治は内心思った。東京だと仕事もドライな所が多いけど、こちらは地区採用の社員も多い。
「ねぇねぇ、聞いてくださいよー」
「はいはい」
もうすでに顔を赤らめた部下達が今度は竜治を呼んだ。
「こいつねぇ、学生の頃はほんとやんちゃしてたんすよ」
「へぇ」
「昔ここいらに花竜連合って暴走族があってこいつそこにいたんすよ」
「やめろよぉ」
確かこの社員は25前後……年代的にギリギリ竜治とかぶるくらいか……。しかし竜治にその顔は見覚え無かった。
「まー、東京のお坊ちゃんの係長には関係ないかぁ」
「はは……俺は坊ちゃんじゃないよ。高卒採用だし」
「え、そうなんすか」
「うん、だから社歴だけ無駄に長いね、ははは」
「あ……は……そ、そうっすか」
絡んできた若手社員の目に、気まずさと少々の嘲りの色が浮かぶ。微妙な空気が流れ出したのを察知したのか広井さんが口を開いた。
「でも、あれですよね。係長、お子さん一人で育てて大変ですよね」
「ああ……うん、うちね。奥さん5年前に亡くしてんの。その時に比べたら随分楽になったね」
「そ、そうですか……」
広井さんはこういった事には慣れていないのか、気まずそうに俯いた。竜治は余計に変な空気になってしまったのを感じて立ち上がった。
「ちょっとトイレ行ってきまーす」
竜治は笑顔を張り付かせて手洗いに退散した。
「ふう……またしくった気がする……」
竜治は居酒屋のトイレの洗面台の蛇口でザブザブと顔を洗った。その時である。やたらデカい笑い声が聞こえた。
「ぶははははは」
なんか聞いた事のある声だ。竜治はそう思いながらはずした眼鏡に手をやった時である。
「あー!」
「……ん?」
トイレの入り口で固まっていたのは先日成敗したチンピラの一人だった。
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