1と0の幽霊

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1と0の幽霊

 日課の郵便受けの確認をしたところ、珍しくハガキが届いていた。裏返してさっと目を通すと、それは彼女の訃報だった。  アパートの1階からどうにかして自室まで上がり、再度ハガキに目を通す。やはり見慣れた彼女の名前だ。  私は、地元の消印が押してあるそのハガキを握り締めてしばらく呆然としたのち、帰省のための飛行機を予約すべくスマホを取り出した。  焦る気持ちとは裏腹に、震える指はのろのろとしか動かない。 「……そういえば、お盆か」  直近の飛行機が満席だったり非常に高かったりするのを見て、私は溜息を吐いた。  どうしよう。  葬儀は身内で済ませた旨が書かれていたため、今日明日にでも帰る必要がある訳ではない。ただ、帰らないことには、私の心の折り合いがつかないと分かっている。  可能な限り、早く、早く。  裕福とは言い難い大学生の生活費から捻出できる資金など、大して多くはない。その上、帰省で使う空港は便数が極めて少ないために金額が高いのだ。  何か、手段はないものか。  不意に玄関のチャイムが鳴った。  覗き穴から外を見ると、サークルの同期のヤスがいた。  私は鍵を開ける。 「何かあったっけ」 「コレだよコレ。漫画貸すって話したじゃん」  ヤスは手に持っていた紙袋を掲げながら、私の顔を見上げて言った。 「ってか、ヒドい顔してるけどどうしたん?」 「……そんなにヤバい?」 「表情筋死んでる」  自分の頬に手を当ててみると、たしかに顔が強張っていた。 「よければ話聞こうか?」 「あー……うん、上がってって」 「ほーい」  何度も遊びに来たことのあるヤスは、気負うこともなく部屋に上がってきた。  私は冷蔵庫からお茶を出しながらぽつりぽつりと話し出す。 「急に帰省しないとならなくなってさ、どうしようかと思って」 「実家で何かあった感じか。じゃあ急いで飛行機取らなきゃじゃん」 「いや、実家ではないんだけど、」  彼女のことを言おうとして、言葉に詰まった。彼女は「彼女」ではない。「幼馴染み」でもない。「同級生」でもない。「友人」としてはあまりに特別だけど、「親友」とは何か違う気がする。彼女は―― 「……地元の、友人が亡くなったって連絡が来たんだ」  結局、「友人」としか表現しようのない関係なのだ。 「なるほど……葬式はいつ?」 「もう終わったって」 「じゃあそこまで緊急ではないってことか。でも帰省しないとなんないんだろ?」  そう言われて初めて、自分が「この夏に帰省しない」という選択肢を端から考えていなかったことに気付いた。  もしごく普通の友人のことであれば、呆然としたり喪失感を覚えたりするとしても、おそらく焦る気持ちにはならないだろう。  彼女は私にとって、そういう特別なのだ。  私の心の内を知ってか知らずか、ヤスは少し考えてから言った。 「困ってんのは飛行機代?」 「そう。うちの地元さ、LCC飛んでないし、便数少ない田舎空港だからめちゃくちゃ金高いの」  ほら、と飛行機の空席を調べてそのままになっていたスマホの画面を見せる。それを見たヤスは渋面を作った。 「うわぁ……絶対に帰省するんなら必要経費と思えば?とか思ったけど、これは確かに高い……」  しかめた顔のまま更に考え込み、何か記憶を探るようにヤスの目が右へ左へと彷徨う。そしてハッと見開かれた。 「そう言えば高校の友達がさ、割とホイホイ突発的に飛行機で旅行すんだけど、高くない?って聞いたらスカイメイトとかいうやつ使ってるって言ってたわ」 「スカイメイト?」 「なんか、当日に空席があれば使える、安いチケットっぽい。航空会社によって名前違うらしいけど、そんな感じのやつは?」  航空会社名とスカイメイトで検索してみると、それらしきものが引っ掛かった。 「たぶんコレ……? 色々書かれてるから、どうやったら買えるかとかちゃんと読んでみる」 「お、あって良かった。あとは、移動時間かかってもいいなら飛行機よりは船の方が安いって聞いたこともあるけど、港の場所次第かなぁ」 「ヤス、ありがと」 「おうよー」  ニッと笑う同期は、いつもと何も変わらない。そのことに私は救われているなと思った。
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