弱きものを救うのは

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 目が覚めたら走っていた。走り続けていた。  僕の意思とは無関係に体は動き続ける。  暗闇の中で視覚に頼らず走り続けることが、ここがどこなのかも分からずにひたすら進むことが、どれほど恐ろしいか。  全方位が漆黒の闇の中で、僕の行く手を阻む得たいの知れない何かに、何度も体をぶつける。柔らかいものもあれば、涙が出そうなほど固いものもあり、生き物なのか、ただの物体なのかも分からない。  なにせ真っ暗闇だから、自分が一体どこに迷い込んでしまったのか想像すらつかない。もしかしたら僕はもう死んでいて、あの世でもなくこの世でもない、時空の隙間のようなところをただ彷徨っているのかもしれない。  恐怖で体を震わせる。  しばらく走り続けると、苦しみのあまり過呼吸になる。息をどれだけ吸っても苦しくてたまらない。毒ガスを吸い込んでいるかのような心地だ。  僕はそこから逃れるようにまたひたすら走るが、行けども行けども終わりが見えない。真っ黒な空間で、回し車を走るハムスターのように、1ミリも前には進んでいない。そんな滑稽な自分の姿を妄想し、僕は、絶望のあまり叫び出したい衝動に駆られた。  その時、背後から一筋の光が僕の体を細く照らした。  光と言うにはあまりに頼りない、糸のようなそれは、しかし精神崩壊寸前の僕には、神様から差し伸べられた救いの手に思えた。 細く遠くまで伸びた光は、僕の正面に一本の道と、その向こうに扉のようなものをうっすら浮かび上がらせた。  出口だ。やはり神様は僕を見捨てなかった。  僕は疲労で鉛のように重くなった体を何とか引きずりながら、ただ扉だけを目指し、脇目も振らず前へ進む。悪魔の差し金か、蛇のようなものが僕の体に巻き付いて行く手を阻もうとするが、そんなものに構っている余裕も体力もない。僕のすることは、ただ真っすぐにゴールを目指すことだけ。  少しずつ、少しずつ。悪夢から抜け出す扉が近づいてくる。  もう少し。あともう少し。  ゴールに飛びつこうとしたその時、僕はイヤな予感にふと足を止めた。  足元を見て、ひゅっと息を飲む。  道はそこで途切れていた。僕は危うく崖から転落するところだったのだ。  扉はもう目と鼻の先なのに。  絶望と体力の限界で、泣くこともできない。 ここで終わりなのか。僕は、誰に看取られることもなく、こんな暗闇の中で一人朽ち果てていくのか。  イヤだ。イヤだ。  助けて。助けて。 ――タスケテ。 「あ、何かお知らせ来てる」 「ん?」 「ルンバが助けを求めていますだって。段差を感知して停止」 「玄関じゃない?」 「あー、そうかも。これ、手動で動かしてあげないとこのまま止まってるの?」 「そうだね」 「えー、走らせてからまだ20分だよ。絶対、掃除まだ途中でしょ」 「じゃあ助けに行ってあげれば?ただでさえ、あんたん家、あんな真っ暗でかわいそう」 「カーテンぴっちり閉めないと、外から丸見えなんだもん、うち。てか、かわいそうって。ルンバでしょ」 「そう、ルンバちゃん」 「ただのロボット掃除機じゃん。いいや。帰ってから再起動させるよ。セールいこ。早くしないと良いのなくなっちゃう」 「そだね、行こうか」
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