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10
魔法は想像なのだという。
自分の中の魔力を、無から有にするイメージ。
すべてが叶うと信じるイメージ。
それが灼熱の炎にも、凍てつく氷にもなるのだという。
だから、そこに不安が混じると、力は濁るのだという。
わたしはいつも不安を感じていた。
わたしの制御しきれない力が、いつか周りの人を傷つけてしまうのではないかと。
そう、昔、大切な人を傷つけてしまったように。
でも、それは間違っていた。
わたしが気にしなくちゃいけなかったのは、周りの目ばかりうかがって、中途半端な力しか使わない愚かな自分自身だった。
みんなわたしのことをちゃんと見てくれていた。それだけを信じていればよかった。
ごめんね、ヒルダ。
もうすこし早く気づいていればよかったね……。
わたしの周りに変化が起きた。
わたしを包むように光の膜――火柱が舞い上がった。降り落ちる雪がわたしに届く前に蒸発して消えていく。
これがわたしの力。
みんなが信じてくれた、わたしの炎。
炎で火傷することはないようだけど、すこし暑くてコートを脱いだ。下から出てきたのは、家から引っ張り出した朱色のローブ。
わたしのローブの意味に気づいた兵士がいるようだ。
「あ、あれは……!」
「どうした!」
わたしの変化に動揺したようで、ベルターの声は完全に裏返っていた。顔も青ざめている。
それを気にした様子もなく、兵士が悲鳴をあげるように叫んだ。
「あの朱色のローブに、あの鷹の意匠の指輪は……間違いない! あ、あいつは『サンノワールの魔女』だ!」
――炎よ、いでよ。
呼びかけに応じて手のひらに炎が生じる。
サンノワールの魔女たちに歴代最高と言われた力を、わたしは赤く染まった夜空に解き放った。
サンノワール家には、ひとつの慣例がある。それは当主が女性であること。
サンノワールの力の源である『魔女の血』は女性に色濃く発露する。そのため代々、サンノワールの証は自然と女性に引き継がれてきた。上流貴族の中で、サンノワール家だけ女性当主なのはそのため。
先代当主はマリア・サンノワール――わたしのお母さんだった。
お母さんは、サンノワール家の当主としては魔力が乏しく、また人を殺められない優しい性格だったので戦場ではあまり戦果をえられなかった。ただ、人柄の良さから、貴族や平民まで幅広い層の人望を集めていたそうだ。
上流貴族で平民の収穫祭に平然と参加して、歌って踊ったのは、後にも先にもお母さんだけだという。
貴族の間では一部に批判もあったようだけど、身分に関係なく領民を愛したのがお母さんだった。
そんなお母さんは、下流貴族のハマス・ランファールと恋愛結婚して(お母さんからの熱烈な求愛だったそうだ)、三人の娘――ミリアお姉ちゃん、ラナお姉ちゃん、そしてわたしを産んだ。
お母さんも、お父さんも、そして二人のお姉ちゃんも優しくて、サンノワール家の屋敷で暮らしている日々は幸せだった。こんな毎日がずっと続くんだと、幼心に思っていた。
永遠に続くものがないという真理を、そのときのわたしは知らなかったのだ。
すべてが崩れ去るきっかけはわたしにあった。
屋敷の庭で日課にしていた魔法練習のとき、わたしは魔力を暴走させた。
わたしの魔力はサンノワール家の中でも飛び抜けて強かったようで、湯水のように沸き上がる力を八歳のわたしでは押さえきれなかった。
泣きながら炎を撒き散らすわたしを、身を挺して助けてくれたのがお母さんだった。お母さんはわたしの体を抱き締めて、魔力を包み込んでくれた。
わたしには大事がなかったけど、お母さんは大火傷を負った。
女神様のように美しかった頬には火傷跡が残った。病床の下で、「ユウカに怪我がなくてよかった」と頬を撫でてもらったことを覚えている。
忌まわしい事件が起きたのはその後だ。
火傷が回復しきらない体で城に向かったお母さんは、道中で刺客に襲われて帰らぬ人となった。
刺客を放ったのは、女性でありながら上流貴族の位にいることをよく想わない地方領主だった。
お母さんが弱いといっても、それはサンノワール家の基準で、ノーウェン全体を見ればお母さんは魔法使いの最高位にいた。それなのにお母さんが刺客に後れを取ったのは、すべてわたしが火傷をさせたためだ。
その後、サンノワール家はミリアお姉ちゃんが引き継いだ。
幼いわたしは下流貴族に戻ったお父さんに引き取られることになった。
サンノワールを名乗っていればまたお母さんのように狙われるかもしれないと危惧されたからだ。幸いなのかわからないけど、わたしは社交界デビューをすませてなくて、わたしを知るのは一族の人だけだった。
そうやってわたしは、サンノワール家三女のユウカ・サンノワールから、下流貴族のユウカ・ランファールになった。
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