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「――魔法アカデミー卒業試験を合格とします」
アデルを白銀の世界に変えた雪雲は、どうやらそのままノーウェンに流れてきたようだ。
ロイスさんの部屋の窓から見えるノーウェンの街は綿のような雪に包まれていた。
暖炉の火に暖められた部屋と外気の温度差で、窓にはびっしりと水滴が張りついている。
ただ、部屋にいる十一名の中に、白く染まったノーウェンに見惚れる勇者はいなそうだ。
わたしたち魔法アカデミー卒業候補生は、ロイスさんが告げる卒業試験の結果を一言も聞き漏らすまいと微動だにせずに一列に並んでいた。
「次、レラ・タチバナさん」
「はい」
わたしの隣でレラが歩み出た。
魔法アカデミーからアデルに派遣された一行で、重傷者はいたけれど、死傷者は出なかった。
それぞれなりに魔法アカデミーで学んだサバイバル術を活かして、アデルの難局を乗り切ったらしい。
「レラ・タチバナさんは、誰もが臆する事態に、信念を曲げずに立ち向かっていく勇気を見せてくれました。恫喝に毅然と立ち向かうのは誰にでもできることではありません。よって、レラ・タチバナさんの卒業試験を合格とします」
「ありがとうございます」
頭を下げるレラにみんなの温かい拍手が送られた。
ベルター卿は正規軍によってノーウェン城に連行された。
今晩にも取り調べが始まるらしいけど、貴族の地位剥奪、所領の没収は免れないだろう。ベルター卿を首領としていた貴族派もこれで瓦解するはずだ。
ベルター卿に仕えていたレラのお父さんは行き場を失うことになる。今後、レラが故郷に戻るのかはわからないけど……レラならきっとうまくやるはずだ。
「次、ヒルダ・ドリスさん」
「はい」
わたしからは一番遠い、列の端にいたヒルダがいつものように自信満々の笑みを浮かべて前に出た。
「ヒルダ・ドリスさんは、一班の班長として、班員の意見を汲み上げ、班をまとめあげました。そのリーダーの資質を評価し、卒業試験を合格、魔法騎士隊に推薦させていただきます」
「当然です」
こら、すこしは謙虚にしなさい。
ヒルダが息を吹き返した理由は、結局わかっていない。わたしの治癒が効いたからじゃないかと医者は言っていたけれど……まあ、憎まれ口が戻ってきたので良しとしよう。
「次で最後です」
ロイスさんの宣言にみんながすこしざわついた。
わたしはすこし背を伸ばした。
「名前は、ユウカ・サンノワールとお呼びしたほうがいいですか?」
「……いつもどおり、ランファールでいいです」
「そうですか」
ロイスさんが微笑んだ。みんなはある程度の事情を説明されているようで、サンノワールの名が出ても静かだった。
「それでは改めまして。ユウカ・ランファールさん」
「はい」
「ユウカ・ランファールさんは、アデルでの騒動を鎮圧するため、とても大きな働きを見せました。その働きは正規の魔法騎士でも真似のできないことでしょう。……ユウカさん」
「はい?」
呼び掛けられて、気の抜けた返事をしてしまった。
ロイスさんの眼差しが監督官の鋭いものではなく、いつも見守っていてくれた先生の柔和なものになった。
「頑張りましたね」
「……ありがとうございます」
頭を下げるけど、胸のうちは弾まなかった。まるで凪いだ海のように、静かだった。
これまではドジばかりだったので、誉められたら嬉しかった。
誉められるために頑張ってきた。でも、今はちっとも嬉しくない。
アデルに行って、わたしはすこし変わってしまったようだ。
「アデルでは失われたものが沢山ありました。とても沢山の方が亡くなりました。でも、ユウカさんが救ったものも多かったはずです。ここにユウカ・ランファールさんの功績を讃え、卒業試験を合格とし、魔法騎士隊に推薦させていただきます」
「……あの、そのことなんですが」
わたしは口を挟んだ。
卒業証明書を手に取ろうとしていたロイスさんがおやっと顔をあげた。
わたしはそっと目を閉じて、心の翼がどちらに羽ばたこうとしているのか再確認した。
わたしは姉二人に魔法使いになると誓った。
そのために魔法アカデミーに入学した。
でも……ガラハさんとアマルさんの赤ちゃんに握られた人差し指が今も疼いている。
アデルの人々は厳しい生活を送っていた。
魔法アカデミーで教えられてきたこととはまったく違った。わたしはずっとノーウェンという巣に守られて生活してきたんだ。
魔法騎士隊に入れば、多くのことができるんだと思う。
でもそれは、結局、ノーウェンに守られているだけじゃないのか?
わたしの力はきっと――。
本心が変わらないことを確認してわたしは目を開けた。
そして、導きだした答えを紡ぎだす。
「わたしは……ユウカ・ランファールは魔法騎士隊への入隊希望を取り消します」
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