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外へ出ると既に二頭付きの馬車が待っていて直ぐにラントシュトラーセまで飛ばしてくれた。事件現場は人集りが出来ていたので直ぐに分かった。ヘルツ警部は人混みを掻き分け、部下のヒューゲルと出くわしたところがその終わりだった。
「あ、警部!」
「ヒューゲルか。朝早くからご苦労だった」
ヒューゲルはヘルツ警部が警部に就任して以来からの部下でお互いに厚い信頼関係があった。
「遺体は死体保管所に運んだのか?」
「まだです。その……色々気になることがあって」
「良し、では見せてもらおうか」
ヴァイツァー子爵長男ヴィルヘルムの遺体はちょうど空室だった共同居住建物の一階に横たわっていた。かなり大きな男だ。白い布を取って最初に目に入ったのは黒いコートと燕尾服は仕立て屋グンケルで誂えた超高級品で、立ち襟は伊達男らしくかなりの高さだ。12センチはあるだろう。手を見ているとジャラリと金属音が聞こえた。視線を動かすと銀の懐中時計が反射してキラリと光った。
「物取りの犯行じゃ無いな」
「ええ。女絡みの犯行かもしれません」
ヒューゲルの言葉にヘルツ警部は振り返った。
「……女?」
「ええ。実は発見された時、ヴィルヘルム様の首元にはマフラーが巻かれていたんです。……それも女物のマフラーです」
「なんだと?」
「これです」
ヒューゲルは前以て用意させていたのだろう。テーブルを指差した。そのマフラーは黒いレース編みの、防寒よりも装飾性の強いもので確かに女の持ち物だ。ヘルツ警部はそのマフラーを手に持った。
「犯人はそのマフラーで絞殺したんでしょうか……」
「違うな。見てみろ」とヘルツ警部はマフラーを掲げた。「このマフラーの模様は殆どほつれていない。指にも糸屑は付いていないし、それに女がヴィルヘルム・ヴァイツァーを殺そうと考えて絞殺を選ぶだろうか?」
「た、確かに……」
(……しかし何故仮にも子爵のご子息が女物のマフラーを持っているんだ? 服には大層を気を配っているのに?)
悩んでいると大きなくしゃみを撒き散らしながらドクトル・カントが入って来た。ヘルツ警部は慇懃な態度で検視を依頼した。するとすぐにヘルツ警部の肩を叩いてこう言った。
「これが絞殺? 馬鹿を言うなよ。彼は頭を殴られて死んだんだ。ほらご覧よ。頭に大きな挫傷痕があるだろう?」
そう言ってドクトル・カントは頭を持ち上げた。二人はあっと声をあげた。そこには警察に入って長いヘルツ警部でも気分が悪くなるような、惨たらしい、抉れた傷跡があった。
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