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03
「あああああ!!! コドモドラゴン、てめえっ!!」
見つけた、と大声を上げてしまった。
ここは、フィオ殿下として目が覚める前におれがいた、あの場所だ。白なのか灰色なのかもあいまいなコドモドラゴンは、相変わらずきゅるるんとしたつぶらな瞳をしている。
もう、騙されないぞ。いや、可愛いけども。
「ちゃーんと、転生できたでしょ?」
良かった良かった、とコドモドラゴンが嬉々として話しかけてきた。
「いやいやいや、良くないだろう! ふつう、転生っていうのは、新しい人間として生まれ変わることを言うんじゃないのか?! 思いっきり成人した他人の身体じゃねえか!! 誰だよ、フィオ殿下って。めちゃくちゃ周囲の連中から怪しまれまくっているんだぞ!?」
コドモドラゴンのほっぺたを抓ると、思ったよりもよく伸びる。いひゃい、とコドモドラゴンが小さな声を出したので、慌てて力を緩めた。
「え、えへへ。ちょっと、想定外のトラブルがね、あったの。……ちょうど空いた器が、あの身体しか今はなかったみたいで。ちゃーんと、アオのための器があったんだけどね。気づいたら、なくなってたみたいで」
ほっぺたを爪の生えた小さな前足でさすりながら、コドモドラゴンが答える。どうやらこのろくでもない守護神は、分かっててやったらしい。
「何なんだよ。いきなりお前は王子様だとか言われても、生活レベルが違い過ぎて、かえって無理あるんだよ。おれは程々の、働いてふつうに日々生きていける感じで良いんだ。フィオ殿下って何者? なんでいきなり、ケツだの身体中が痛いんだよ。束縛された痕のある王子様っておかしいだろ。不倫野郎の奥さんに刺された傷とか、そのまんまで転生したわけ?」
違う違うと、のんびりコドモドラゴンが返してくる。おれはコドモドラゴンの前であぐらをかいて説明を求めると、途端にドラゴンの目があらぬ方向を見た。ごまかそうとしているのか。おれの守護神なのに。
「もう、ここまで来たら驚かない。とっとと話せよ」
「ええー。ほんとうに、怒ったりしない~?」
……怒られるようなワケありなのか。「怒るなら、最初に殺された時点で怒っている」と強い口調で返すと、コドモドラゴンは「わかったよー」と観念した。
「じゃあまず、国の説明からね。アオがいるのは、ケツィア王国っていう昔っから続く王国。目が覚めたところは王都の外れあたりにある、隠れ家ね。ケツィア王国では今、内乱が起きていて、王族は王様をはじめとして、何人かもう処刑されているの。庶民の鬱憤が溜まりまくって爆発しちゃった、みたいな。で、君――フィオは処刑されたケツィア王の、四人いる子どもの中で三番目。双子のお兄ちゃん。双子は忌み嫌われている上に、弟と目の色が違うっていう理由で、生まれた時からずっと、塔の中に幽閉されてきた。反乱軍はフィオが幽閉されていた塔にも入り込んできて、逃げ遅れたフィオはもう、男たちにやられ放題、あれこれされちゃったと。で、国民をこんな風にしてしまったのは王族のせい。王族であることが申し訳ないって言って、自殺したの」
「……おい。待て、いきなり話が重過ぎるぞ」
尻の穴が裂けて傷んでいるのは、やりたい放題されたあとってわけだ。AVの撮影で複数の男たちと、ということはあったが、ふつうは下準備をしっかりしてやるものだから、こんなに痛めつけられることなんてない。まだ世間知らずだった頃に付き合っていた、暴力男の時くらいだ。病気とか大丈夫だろうか、とそっちの方が心配になる。
「……待てよ、自殺って? フィオもおれと同じ、死人ってことなのか?」
「正確には、肉体は何とか死なずに済んだけど、心が死んじゃって、空っぽになったの。ちゃんと身体は、動いているでしょ? フィオは塔の中に閉じ込められていたけど、いつか塔から解放されたら、兄弟たちと協力して、王族としての責務を果たすことに憧れていたの。ずっと塔の中で勉強していたみたい。だから余計に、腐敗した王朝という現実を目の当たりにして耐えられなかったんだね。フィオに怒りをぶつけたのは、みーんな王国に、家族を奪われた者たちだった。閉じ込められていたから、フィオだけが最後のまともな王族だったっていう。皮肉だね」
……重い。重すぎるよ。おれの、青としての人生が、ゴミのように思えるレベルで重い。全世界は大げさかもしれないが、全おれが泣く。
「そのまともな最後の王族が自殺未遂なんかしちゃったから、側近たちも絶望的になっていたってことか。……おれ、そんなヘビー過ぎる人生を背負うの、無理だぞ」
「別に背負わなくたっていいんだよおー。フィオはね、ガイドっていう滅多に生まれない特別な力を持っているの。だから、殺されるってことも滅多にないよ。……ケツィア王国は、他の国のガイドを殺しちゃったけどね」
さらっとまた、えぐいことを突っ込んできた。しかも、新しい肉体の持ち主は特別な力があるって、どれだけファンタジーなんだ。
「待てよ、他の国の奴は殺されたって言うんなら、新しい世界でもまた、いつ殺されたっておかしくないってことだろうが。あーもう、結構トラウマになっているのに……人の憎悪をまともに受けるって、すごく嫌なもんなんだって、お前は知っているのか?」
コドモドラゴンに愚痴ると、小さな竜はつぶらな瞳を何度か瞬かせて見せた。
「……知っているよ。だからこそ、アオを投入してみた」
「おれは枯れかけの植物に突っ込まれた栄養剤か何かか。でも、殺されたっていう他国のガイドってやつも、怖かっただろうな。……待て。ガイドってなんだ? 観光ガイドみたいなやつか? おれ、方向音痴なんだけど」
ちょこんと、座り込んでいたコドモドラゴンは言葉を発することなく、首を傾げて見せる。まさか、ここまで話しておいて、分からない、とか言うつもりか。
「おい、説明は?! 第一、おれのリクエストはどうなっているんだよ。今のところ、何にもどうにもなっていないぞ」
「えへへ、そのうち分かると思うからー。とりあえず、マルチーとか、エーブイっていうのは、ないから安心してねっ」
薄紫の大きな目。瞳孔が縦に割れた。おれの文句は聞かないとばかりにぶん、と長い尾を振り上げる。
嫌な予感しか、しない。
(だから、痛いんだって!!!)
小さい身体のどこに、そんなすごい力があるのだろう。振り下ろされた尻尾に弾き飛ばされながら、おれは意識を失った。
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