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04
「なるほど。顔の形も、髪の色も目も、全部変わっている」
目が覚めたら、また同じ部屋の中だった。コドモドラゴンに思い切りよく吹っ飛ばされた割に、身体の痛みは大分良くなっている。もしかしたら、あれからずっと眠っていたのかもしれない。寝台から下りて部屋の中を隅々まで見たところで、ようやく鏡を見つけた。
そこに映っていたのは、青白いけれど、中性的な雰囲気を纏う、驚くほどに整った顔の美青年だ。髪の色は、銀色。一瞬白髪になったのかと焦ったが、青みがかった銀色をしていることに、すぐに気づいた。片目は薄い茶色だが、もう片方は綺麗な薄い緑色をしている。手で顔に触れてみると、鏡の向こうの青年も手を動かした。この美青年が、どうも今のおれらしい。元の身体も痩せている方だったが、フィオの身体は更に痩せていて、あばらが浮き出ている。手も足も腰も、すべてが華奢だ。
(これを、おれが理想とする筋肉量にするには、どのくらいかかるんだ……)
ずっと閉じ込められていたそうだから、仕方ないのだろうが、足の筋肉も弱そうだ。この世界では剣を持って戦っていそうな勝手なイメージがあるが、この腕じゃ短剣を持てるかも怪しい。
(特別な力、って言ってたけど。もしかして、魔法のことか?)
閃いた。魔法が使えるなら、剣を持てなくても問題ないじゃないか。おれは早速試してみたくなり、部屋の中に魔法の杖になりそうな棒がないか探し始めた。映画で、どんな杖が良さそうかは学習済みである。それなのに、水差し以外この部屋には何もなかった。ワンピースのような寝間着では心もとないが、とりあえず部屋から出てみることにする。
「殿下! 目を覚まされたのですね。……何かお探しですか?」
廊下に出てすぐに、グレンという男が声をかけてきた。ついびくっとしてしまったが、訝しむ眼差しにおれは必死に笑い返すと、自分よりもずっと背の高い男を見上げた。
「杖を、探しているんだ。なんかこう、手ごろなのがないかなって」
「歩くのがお辛いのですか?!」
慌てた男が膝をつき、「失礼」と一言告げてから、寝間着の裾をまくり上げてきた。まさかいきなりそんな動作をするとは予想していなかったおれは「うわっ」と低い声を出してしまった。
「なんでいきなり裾捲るんだよ。別に、歩くのが辛いんじゃないってば。魔法を、使えないかなって思って」
「魔法? 魔法とは、何ですか」
なんと。ファンタジー世界なのに、魔法が存在しないのか。衝撃を受けながらも、おれは「ほら、火を出したり、水を凍らせたり……不思議な力っていうか……」と小さな声で説明をする。グレンは片膝をついたまま、「ああ」と頷き返した。
「センチネルのことですね。貴方はそもそも、センチネルの能力は持っていませんよ」
「えっ」
なんと。魔法使いの夢、ここで絶たれたり。ファンタジー設定が生かしきれないじゃないか、とコドモドラゴンに心の中で文句を言ったところで、ガイド、という言葉をふと思い出した。
「……それって、おれがガイドってやつだから?」
「その通りですが……ガイドであることは、覚えていらっしゃるのですか?」
グレンが、期待に満ちた眼差しを向けてくる。慌てておれは「覚えていない」と返した。何も分かっていないのだから、期待されても困る。とにかく、ガイドというのは、おれの考えている魔法使いとは違うことは分かった。センチネル、とグレンが言ったのが魔法と似た力なのだろう。
「おれ、どこかで観光地の案内とかしていたんだっけ?」
「……殿下」
ああ、そういえばこの身体の持ち主――フィオは外に出してもらえなかったんだっけ。グレンの整った顔が、一気に曇っていくのを見て、自分が言葉選びに失敗したことを悟る。
フィオの記憶がないおれは、彼らの傷つくことばかり言っている気がする。長居はできないだろうな、とさすがのおれでも考え付いた。
「アオ様! お着替えを出しましょう」
廊下の反対側からやってきたライラに自分の名で呼ばれて、嬉しくなった。グレンは無言で頭を下げて立ち去っていく。グレンはきっと、おれの心が入ったフィオ殿下を、受け入れられないんじゃないかな、と思った。
***
「ガイドとは、ですか?」
「そう。センチネルっていうのが、すごい力を使える奴ってことだよね」
そうですね、とライラが返してきた。着替えと言われて、最初に渡された服はすべすべとして手触りがよく、ひらひらの飾り襟がたくさんついていた。いかにも王子様な服で、すぐに固辞した。幽閉されていたとはいえ、王の子は王の子。それなりの生活をしていたのだろうか。だが、おれ自身はただの一般市民だ。一般市民がいきなり王族の暮らしができるかと言われたら、できるはずがない。もっと質素なものにして欲しい、とライラに頼むと、困った表情をさせてしまった。
「殿下は、以前からずっと民の暮らしも気にされていましたものね」
懐かしみながら、ライラが話しかけてくる。決してそういうつもりはなかったのだが、ライラの勘違いだと言える雰囲気でもない。「そうだったのかな」と曖昧にごまかしながら服を着替え終えたところで、ようやくライラがガイドのことを教えてくれた。
「お話が逸れてしまいましたね、アオ様。ガイドとは、センチネルの対となる力のことです。センチネルの能力を持つ者は人外な力を振るう代償に、自分自身に大きな傷を負います。それは心を傷つけ、壊し、やがて肉体の動きを止める。そのセンチネルの傷に触れ、癒す力を持つのが、ガイド。センチネルはガイドがいなければ、正しくその能力を振るうことができません」
「……な、なるほど」
そもそもセンチネルという能力を目の前で見たこともないので、結局のところガイドが何をするのか分からなかったが、おれは分かったふりをして頷いて見せた。
「センチネルって、みんな使えるの?」
「いいえ、まさか。ふつうの人には扱えません。神の血を引くものでなければ――たとえば竜族や、神鳥・ケツィアの血を引くケツィアの王族をはじめとして何かしら、神の系譜につながる一族でなければ」
神の系譜。また新しいキーワードが出てきた。おれが固まっていると、ライラは「ご安心ください」と笑顔を浮かべた。
「ここにアオ様がいらっしゃることは、まだ知られていません。それに反乱軍にも、ガイドを殺すことはできません――ガイドは神の遣いそのもの。それを弑すれば神が怒り、多くの犠牲を求め、やがてその国からガイドを奪うと言われています」
それは、今のケツィア王朝のように、だろうか。コドモドラゴンの話によれば、ケツィア国は他の国のガイドを殺したと言っていた。してはならないことを、してしまったのだ。
「なるほどね。教えてくれてありがとう。ちなみに、ここって、ケツィアのどの辺り? 地図とか、あるのかな」
自分で自分の道を歩むには、現在地を知ることが大切だ。そうですね、とライラ地図を取りに行こうと、立ち上がったその時だった。
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