深海の迷子

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終わった。終わっちゃった。 私は受験に失敗した。 偏差値的には問題ないはずだった。それなのに、私は落ちた。 何をしていても楽しくない。 学校に行っても周りの子がすごく幸せそうに思える。薄っぺらい友情が、役に立つことはない。  家にいても同じ。お父さんもお母さんも、変に気を遣ってるのが分かる。顔を見ると、私に同情してるよねって感じがするんだ。  小学生のうちから塾に通って、ずっと勉強してきた。休んだことはない。  私は目指す大学に入ることだけを考えてきたんだ。有名校に進学するのは、一生無難に生きるためには必要。  そのために、あんなに頑張って中高一貫校に入ったんじゃない。  あそこに行けないのなら、生きてる意味なんかない。  ☆ ☆ ☆ 『しにたい』 『全部終わりにしたい』 『楽しくない』 『明日から学校やだ』 『しにたい』 『あと六時間』 『いきたくない』  私の発言履歴はこんなものばっかりだ。  スイっとスマホの画面をスワイプしながら、ため息をついた。  こんなの、親にも言えない。本当の友達なんかいないけど、クラスメイトにも言えない。  SNSなんか、こっそりアカウントを作ったところでどうせバレる。誰も探さないと思うけど。それでも可能性があるから嫌だ。  第一志望大学の合否発表があった日、何とか気を紛らわそうとアプリストアを見ていたら、"秘密のSNS" っていうのがあったんだ。  どれでもいいや、って気持ちでこのアプリに登録した。  思っていることを、心に閉じ込めておくことが出来なかったんだ。何でもよかった、吐き出せれば。王さまの床屋の気分だった。  このアプリは、投稿に対しての返信機能がない。投稿者は言い捨てるだけ。  ただ、他の人の投稿は見ることが出来る。つまり、私の独り言もどこかの誰かは見ることが出来るんだろう。そういう安心感があった。  画面上には雲みたいにランダムで表示された誰かの罵声や、泣き言や、自慢の声が溢れている。  世の中にはこんなに、言いたくても言えないことを抱えたひとで溢れているんだなって思う。  そして、これの大きな特徴として、私が許可さえすればその "名前も知らない誰か" と個人チャットで会話が出来るっていうのがある。  嫌になったらブロック削除すればいい。すっごく気楽だ。ちょっとでも気に食わないことを言われたら秒速で消した。  さらに、同じひとと会話出来るのは "一日" だけというルール。その "一日" というのは、朝の五時で切り替わるらしい。  そんなに長い時間、誰かと話したことはないから、知らないんだけど。  日曜の夜はいっつも眠れない。だって学校で勉強なんかしたくないもん。もう意味ないから。  だから今も、このアプリに入り浸っている。同じことばかり書き込みながら。  登録後の第一声もやっぱり『しにたい』だった。  どうせ死ぬことなんか出来ないくせに。怖くて漢字で書くことも出来ないくせに。  ―― とりえすて さんから会話申請が来ています――  スマホがぴこんと音を出した。  申請が来たら、その人物のトップページに毎回飛ぶことにしている。  このひとの投稿は、会社が面倒臭いとか、寒いとかそんなことが多い。社会人っぽい。  見る限りは普通。ここにいる人間が普通とは思えないけど、おかしいやつって感じでもない。  眠れる気のしない私は、会話申請の許可をした。 『こんばんは! お話しよう!』  そのひとは、何だか元気そうに話しかけてくる。  こんな夜中にびっくりマーク付きの単語を投げて来るなんて、どうかしてる。お話なんかしたくない。 『はい』 『学校嫌だよねー。分かるよー』 『そちらは会社が嫌なんですか?』 『まぁねー』  このひとは一体、何を話したいんだろう。『まぁねー』なんて言われたら、もう返事をすることがない。  自分のタイムラインに『どうでもいい』と投稿をしていると、再びぴこんと音がして、邪魔をしてくる。 『どうしてそんなにつまんないの?』 『別に』 『むーさんの投稿見たけど、死にたいしか言ってないよね。どうして死にたいの?』  むー は、私のアカウント名だ。名無しでもよかったけど、何か書かないといけない気がしたんだ。 『話したくないです』 『おかしいね。話がしたいからここにいるんじゃないの?』  何でこんなところでも説教されないといけないんだろう。  私はブロックボタンに指を伸ばす。――はい、お終い――そう思った。 『でも、分かるんだよね。ボクもそう思ってたから』  通知欄に、彼だか彼女だかが言ったそのセリフが見えて、私は指を引っ込める。 『懐かしいなあ。そういう頃があったよ』  私はそのひとが話し続けるのを見ている。  ボクとか言ってるけど、男とは思えなかった。でも女っぽくもないし、得体が知れない。  それに、最初からすっごく馴れ馴れしいし、何だか失礼だ。  きっとからかってるんだな、って思う。やっぱりブロックしよう、と画面を下に向かってスライドさせる。 『あ。ブロックしようと思ってるでしょ。待って待って。もうちょっと話をしようよ。まだ夜は長いよ』  また通知に引き留められた。向こうは私の動きを分かってるみたいだ。  気持ち悪い、そう思ってもこの飄々(ひょうひょう)とした雰囲気に、拒絶する気持ちが薄れていった。 『あなたは私と話して、どうしたいんですか?』 『うーん。別にどうにかしたいわけじゃないけど。気になるんだよね、むーさん。それ以上の理由はないよ』  私の何も書いていないプロフィールの、一体どこに惹かれたのか見当もつかない。  改めて、このひとのトップページに飛んだ。  ――成人済み・深海好き・砂になりたい世捨て人――  プロフィールにはそう書いてあった。  私は「うっ」と声を漏らす。私も深海が好きだったから。  謎の生き物たちが、ものすごい水圧の中でうごめいているのは、神秘的に感じた。 『深海が好きなんですか?』 『好きだよ。むーさんも好き?』 『まあ』 『何が好き? ボクはウロコフネタマガイかな』 『はい?』 『スケーリーフットって言えば分かるかな。好きそう』  思わず私の口から「あー」と声が漏れる。  それなら知っている。確か、インドとかその辺りで発見された、生き物がゆで上がるような熱水が噴き出すところに住んでいる巻貝だ。足に鱗がびっしり生えていて、それは硫化鉄で出来ていたはずだ。  初めて聞いたときに結構な衝撃だったから、意味もないのに覚えている。 『何で分かるんですか。怖いです』 『怖くない怖くない! ほらー、あれキャッチーだし。当たっちゃったのかぁ』  私は返事をためらう。  当たってるなんて認めたら、このひとは調子に乗るんじゃないだろうか。  でも、調子に乗られたからなんだ、とも思う。どうだっていいじゃないか、こんなすぐ切れる関係なんか。 『はい、好きです。あの……眠くないんですか? もう三時ですけど』 『大丈夫。むーさんは? 眠い?』 『いえ』  私は夢中で文字を打ち込んでいる。ずっと深海生物の話だ。まだ何も分かっていない生物たちの話は面白かった。  生きてる意味がないやつと、話しかけたのに理由がないひとが、解明されてない生き物の話をし続けるのも、何だかおかしい。 『ところでむーさん。なぜ学校が嫌なの?』 『何で、話が戻るんですか』 『いいじゃないの。気になるんだから』 『私はずっとヨコエビの話がしてたいです』 『まあ、それでもいいんだけどさ。解決しないじゃないの。ヨコエビの話してたって』 『解決なんかしないんです』 『何で?』 『終わったから』 『何が? 何が終わったの?』  このひとは何で、こんなに私のことを気にするんだろう。理由がないのに?  何かあるんじゃないかと、疑ってしまうんだ。  私の返事が分かりやすく遅くなった。『あれ? 寝た?』っていうようなやり取りを何度か繰り返す。 『ねぇ、さっきも言ったけどさ。むーさんがここにいるのは、きっと話したいからだよ。ボクもそうだった』 『あなたも、しにたかったんですか?』 『まぁね。でもさ、そういうときって、誰にでもあるんだよ』 『……誰にでも?』 『うん。そんなに珍しいことじゃないと思うよ。何て言うのかなあ。ボクが深海が好きなのはさ、何もかもが死んでそうなのに、生き物が生きてるとこなんだよ。ボクらもそうじゃない』 「……ぼくらも……そうじゃない……」  会話の流れがつかめず、私はその文章を口に出してみた。  やっぱり分からない。 『ほら、周りの人間が生きてるように見えないこと、多くない? それでもボクら、生きてるでしょう? 深海と同じじゃない?』  私は、『そうですね』と打ち込みそうになる。でも何が、そうですね、なんだろう? 深海と同じとは言えないんじゃないだろうか。 『むーさんが深海好きっていうなら、分かってもらえるかなって思ったんだよね。話聞いてる限り、こっちに合わせて深海生物の話してるんじゃなさそうだしさ。どう? ちょっとは分からない?』 『よく、分からないです』 『そうかー。じゃあさー、深海生物──たとえば、スケーリーフットはなぜ、わざわざあんなところで生きてるんだと思う?』 『敵が少ないから? 食べ物も独り占めに近そう』 『そうだよね。一般的にはそう。あんな住みづらいところ、他の生き物は少ない。でもさ、それだけじゃないんじゃないかなって思うんだ。スケーリーフットの気持ちになるとさ』  スケーリーフットの気持ちというのは――どういうものなんだろう。  私はベッドに寝転がったまま、首をひねる。最初から意味不明だけど、いよいよ分からなくなってきた。 『つまりだよ。スケーリーフットはね、迷子みたいなもので、何かに失敗したから、だからあんなとこにいるんじゃないか? そう思うんだ』 『……迷子?』 『そう。本当ならさ、もっと生きやすいとこにいたいじゃない。どこにいたって、まあ生きるのは大変だと思うよ。だけど、何もそんな海の底にいなくたっていいじゃない? 同じ貝なら磯にいる方が食べ物も多いでしょう?』  そんなことを考えたことなかった私は、返事が出来なかった。  スケーリーフットは、何かに失敗をした迷子――。 『ボクはさ、あの子たちは、夢みてるんじゃないかって思うんだ。いつか、太陽の光をこの目で見るんだって。まだ道に迷ってるけどさ』 『深海で太陽の光……』 『もちろん、太陽の光の下で生きることが、最大の成功とは思わないよ? だけど、太陽があるから、生命は生きているわけで、やっぱり憧れなんじゃない? 全ての生き物の』  何か返事をしようと文字を打ち込むけど、書いては消してを繰り返す。  突然、全ての生き物の話になってしまって、ちょっと壮大すぎる。 『ボクはそれに気付いてから、全部どうでもよくなった。人生で一番の失敗をしたとしてもね。むーさんもそうなるよ』  不思議に思って、今までの会話を遡る。でも一度も『失敗した』なんて私は言っていない。 『何で私が失敗したって?』 『よくあることだから、そうかなって思っただけだよ。ねぇ、そこには窓ってある? 星が見えない?』 『窓はあります。星も見えます』 『宇宙は真っ暗だよね?』  また、話が急に飛ぶ。  私は知ってる限りの宇宙のことを考えてみる。宇宙は真空だから光が見えない──そんな文言をどこかで見たことがある。 『真っ暗、かと』 『でも星は輝いてるじゃない。まあ厳密に言うと真っ暗でもないらしいけど、そこは面倒臭いから省略。つまりさ、暗闇の中にあるから、星は美しいんだよ』 『あの……何が言いたいんですか? 私と何の関係が?』 『星はあんま関係ない。でも、むーさんには今、周りが宇宙空間並みに真っ暗闇に思えてるんじゃないかって。そういう意味でこういう話になってる。どんなに暗くっても、輝くことは出来るじゃない。星が証明してるじゃん?』 『私、星じゃないです』 『そう思ってるだけだよ、自分でね』  このひとが何を言ってるのか、全然分からない。私は星じゃない。  だいたい、惑星がどうやってスマホをいじって、日本語を打つっていうんだろう。 『いえ、本当に星じゃないですから』 『待って待って。これ、たとえだよ? むーさんはイメージだけの話が通じない子なんだねぇ。そりゃ星なわけはないじゃないの。ボクら人間だよ』 『イメージ、ですか』  私はちょっと恥ずかしくなる。  昔から、詩だとか空想の話が苦手だった。ありえないじゃんって思ってしまって、よく友達に怒られた。  ――あの頃は、友達っていたんだな――それを思い出す。 『たとえ話は終わろう。んー。毎日毎日 "死にたい" って書くのは、辛いでしょ。いつの日か、そう思わない日が来て、こんなアプリのことも忘れて、笑って過ごしてくれたらボクは嬉しいな』 『そういう、書いてあるセリフみたいな言葉、本当に言われたの初めてです』 『ああ、そうかもな。でもねぇ、思っちゃったら言うよね。よし! 正直ついでに言うけど、何だか絶望してるみたいで辛そうだなって思ったのが、話しかけた理由だよ。本当はね』  絶望――そうかもしれない。本当の絶望がどんなものなのか知らないけど、私は精一杯の絶望しているんだと思う。  それとも、絶望したいんだろうか? 何で? 『絶望してたって、どうせ生きなきゃなんないじゃない。違う? まあ、考えるのやめたら楽だからね。そういうのもあるんじゃない? その "死にたい" には』  楽だから……? 私は楽をしたくてこんなに悩んでるの? そう思うと、少し腹が立った。何も知らないくせにって。  でも、違うんです! とも言えなかった。  本当は、頭の中が "もう頑張りたくない" で一杯なんだ。気付いていたけど、気付きたくなかった。  だって、自分がサボってるだけなんだもん。 『まあとにかくだよ、そろそろまとめたいんだけど。ボクが言いたいことは……。あなただけじゃないからねってこと。しつこいけど、ボクもそうだった。他の誰かも多分そう。今は全てが無意味に思えても、実はそうでもない。人生に無駄はないんだよ。そのうち分かると思うよ』 『あなたは誰なんですか? 私のこと知ってるとか?』  何か探られている気がした。もしかしたら知り合いなんじゃないかっていう恐怖が私の中に浮かんだんだ。  だから、そう聞いた。 『なぜ? 知らないよ。だけど、たくさん話したから知り合い、くらいにはなったかな。ボクの中では』 『大人って嘘つくじゃないですか』 『おー。やっと調子出てきたじゃない』 『あなたは違うんだって納得出来ること、言えます?』 『それは無理かな。でも嘘は書いてないよ。むーさんはどう思った?』  どう思った――確かに嘘を言われている感じはしなかった。悪意がないような、本当に心配してくれているような。 『ああ、もう夜が明けちゃうね。そろそろ支度をしないと、お互いに。さよならかな』 「え……。待って?」  呟くと目玉を動かし、部屋の時計を見る。午前四時五十七分。  もうすぐ、五時だ。 『これって、五時になったら話せなくなる?』 『確か、そうだったね』 『あなたとまた、話がしたいです』  私は、そう打ちこんでいた。  誰とも話したくない私なのに。 『うーん。ボクは言いたいことは言ったよ。出会いは偶然だからいいのさ』 『やっと本当のことを話せそうなひとに出会えたのに!』 『思うんだけどさ』  そのひとは、言葉を切ってしばらく沈黙する。  このまま時間切れになってしまうんじゃないかと、私は寂しくなった――ううん、怖くなった。 『あなたの本当の理解者は、あなただけだよ。あなたの中のあなたを信じてあげようよ。周りを見回してみて? 本当に誰もいない? 本当に宇宙みたいに暗い? あなたは自分で、自分の目をふさいでいない? 本当のことを話せる相手は、ボクだけじゃない。助けを求めようよ。必ずいる、優しい人を探してごらん。探す努力をしてごらん』  その今までよりもちょっと長い文章を読んでいたら、いつの間にか、私の目から涙がこぼれていた。  これは、知らないひとが知らない私に向けて紡いだ言葉。だけど、その通りだと思った。私は努力をやめてしまっている。責められるのが、怖くって。  でも、誰も私のことを責めてなんかいない。終わりだ、と思っているのは、私だけじゃないか。 『とはいえ、一回しか接続出来ないなんて本当かどうか分からないよね。単なる(うた)い文句じゃない?』 『そうなんでしょうか』 『実際がどうでもボクはもう、むーさんに話しかけるつもりはないよ。むーさんだけじゃないの、迷ってるひとって。また誰かと話さなきゃ』 『お仕事みたい』 『ああ、うん。そうかもしれない。でも、趣味だけどね。さあ、ボクはそろそろ動き出さないと。むーさんも学校行ってきな。勇気を出して、誰かと話してごらんよ』 『はい』 『じゃーね!』  ――とりえすて さんが、会話から退出しました――  その表示が出ると同時に、スマホのアラームが鳴り始めた。慌ててそのアラームを削除して、アプリ画面に戻る。  会話履歴は真っ白になっていた。時間が来ると痕跡すら消えてしまうんだ、ということを今さら知る。今まで話をしたひとたちは、全員私からブロックしていたから気付くこともなかった。 「ほんとに消えちゃった」  私は諦めてスマホを枕元に置く。  あのひとは、ものすごくあっけなく、最初と同じように元気そうに去って行った。  そして、私は初めて彼だか彼女だかの名前をちゃんと見た。最後の最後に。 「面白いひとだったな……」  呟いて、私は身体を起こした。ずっと同じ体勢でいたから、身体が痛い。  一瞬こぼれた涙は、すぐに止まってしまったみたいだった。泣いた証拠みたいな鼻水をすすると、私はのろのろとカーテンを開いた。  次の瞬間、朝陽が目に飛び込んでくる。 「……眩しっ」  そうだ。私の周りは全然、暗闇じゃないよ。  毎日、この陽射しの中を学校に通っていた。きちんと光は見えていたのに、私は見ようとしていなかった。  そんな日常をずっと忘れていたのかもしれない。それが当たり前すぎて。  私は金曜日よりも遥かに軽い心で、学校に行く支度を始めた。 ☆ ☆ ☆  私は勇気を出した。  とりえすてさんが言ったように、周りを見回したんだ。  それは、小学校の頃に仲がよかった子と久しぶりに連絡を取って、話をすることだった。そんな些細なことから始めた。  彼女も、第一志望の大学は落ちていた。  クラスの誰も彼もが楽しそうに見えていたけど、みんながみんな予定通りに進んでいるわけじゃなかった。  実は言ってなかったけど――みたいな話はそこら中に転がっていた。  もちろん、今まで薄い友達付き合いをしてきたツケのようなものはあって、悲しいこともあった。  それでも私はもう "絶望" しなかった。  『私だけじゃない』『みんなそう』  だから、孤独に思う必要はないんだって。  あの、とりえすてさんが言ってくれた言葉たちが力になった。  あのアプリは、しばらくは覗いていたけど、いつの間にか書きたいことがなくなって開くこともなくなった。  スマホの容量を圧迫していたから、消してしまったくらい。  そうこうしているうちに、私は進学した。  滑り止めで受かった大学は、行きたい学校じゃなかった。だけど、悩んでいたあの時期が嘘みたいに、毎日充実している。  カリキュラムが違っても、学ぶってことは同じ。全ては私次第だと気付いたから。気付けたんだ。  陽の光を見たくって海面を見上げる深海生物のように、私は前を向く。目標を探し始めたの。  たった数時間、他人と話した。それだけのことだったのに、呪いが解けたように私は自由になった。  今はSNSも隠れずにやっている。別に恥ずかしいことじゃない。そう思える。  そして、少しの罪悪感と共に夜更かしをしていると、ときどきSNS上にそれを見つける――悩める子の声を。  あのひとみたいになれる、とは思ってない。  でも、その声は私には聞こえるから。  タマのウロコと名乗る私は、静かに声の主に話しかける。  ――あなたが思うその "終わり" は、本当なのかな? ――って。
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