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失敗作
「やあ、今日はよく来てくれたね。
もしかして忙しかったかい?」
博士は研究室に訪ねてきた友人である凄腕の商人に対して、椅子をすすめながら言った。
「いやいや、構いませんよ。
先程電話でおっしゃっていた話によると、なんと博士が面白い薬を開発なさったそうで。
職業柄、とても興味がありますな」
「今実物をご覧に入れよう。
実際に見て頂いたほうが話が早い。
ちょっと待っててくれ」
博士は研究室の片隅にいって、液体瓶を持って戻ってきた。
そしてそれを机の上に置いた。
商人は椅子にかけたまま首を伸ばし、中を覗き込んでみたがそこにあるのは水と変わらない、透明な液体だった。
「ほう、これがそうですか。
一体どんな効果を発揮するのです?」
ここで博士は大きく苦笑いをした。
「そこなのだよ。
私は当初、嫌な記憶を忘れることが出来る薬の開発を目指していていた。
これが実現すれば、人々の持つ様々なトラウマを解決する事が可能となる筈だった。
しかしどういう訳か、出来上がったのは服用した者の物覚えを悪くしてしまう薬だったのだ」
「はぁ、物覚えが悪くなってしまう?」
「ああ、そうだ。
私はこの薬に相当な開発費を注ぎ込んでしまった。
だからなんとしてでもこの薬を商品化させ、利益を上げねば、私は破産してしまう。
そこで、世の中のことに詳しい君なら、何かいい利用方法を思いつくのではないかと気が付いた。
今日ここに君を招いたのは、その為なんだ」
「なるほど、そうでしたか。
確かに、なかなか面白い薬です。
…………博士、今この薬は研究所に何本在庫がありますか?」
「……大量生産をし、売り捌こうと思っていたからな。 100本はあるんじゃないかな」
「なるほど、そうですか……」
商人は腕組みをし、しばらくじっと考えを巡らせていたが、すぐに何かを閃いたようだった。
「……博士、その100本。
全てこの私に預けてみませんか?
この薬を喜んで買ってくれそうな人達に、私は心当たりがあります。
得た利益は私と博士で山分けといきましょう。
どうです?」
「も、もちろんそれで構わないが……。
本当にこの薬は売れるのかね?
物覚えが悪くなってしまう薬だぞ?
私なら頼まれたって絶対買わないが……」
「まあまあ、私を信用してみて下さい。
必ず、この薬100本を全て完売させて見せますよ」
やけに自信たっぷりな商人の顔を見て、博士は信用してみることにした。
うなづき、博士は研究所の奥に保管されていた薬を、ケースごと持ってくるとそれを商人に託した。
「では、よろしく頼む」
商人の言う通り、薬は全て完売した。
商人は薬を全て高値で売り捌き、相当な額の利益を上げることができた。
博士にとって、何よりもそれが不思議で不思議でたまらなかった。
あんなヘンテコな効果を持つ薬が、どうして完売したのか。
物覚えが悪くなってしまう薬を必要とするニーズがまさか存在していたとは。
その2日後、商人は誇らしげに胸を張りながら、研究室にやってきた。
「あの薬、大変好評でしたよ!
追加注文が殺到しています。
もっともっとあの薬を作って売って、私と博士で大儲けをしましょうよ」
「それはいいが、どうも不思議だ。
どうしてこんなにあの薬が売れているのか。
一体そんなニーズがどこに…………」
博士は椅子に腰掛けながら、そうぶつぶつ言った。
「……不思議でたまらないって顔をしていますね?
どうして売れたのかわかりませんか?」
「うむ。是非教えてくれ。
どんな人達がこの薬を必要としたんだ?」
博士の問いに、商人は身を屈ませた。
そして辺りに誰もいないことを確認すると、とても小さな声で博士の耳へとこう囁いた。
「……政治家たちですよ」
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