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グレイブの指示はきめ細やかだった。まずは降兵より狼煙のルールを聞きだし、次のような報せを上げさせた。
──敵襲は誤報。万事平穏。
もし何らかの小細工を弄(ろう)したなら、発覚次第、拷問の末に殺すという脅しまでかけていた。グレイブの几帳面な気質が、作戦の細部にまで顔を出した場面だと言えた。
それからは武器防具を全て奪い、武器庫には火を放った。これで降兵達は再武装する事が叶わず、いずこかへと落ち延びるしか無かった。その全てを滞りなくやってのけたのだから、グレイブの手腕は元より、配下の練度も相当な域にまで高められたものと分かる。
「陛下、お待たせ致しました。進撃に移りましょう」
グレイブが報告を述べたときには、既に出立の準備が整っていた。一連の驚くべき速さは、エイデンに茶を愉しむ時間さえも与えなかった。むしろ彼だけが手荷物を広げたままであり、慌てて茶器を片すという醜態を晒す事になった。
「済まん。てっきり休息を挟むとばかり考えていた」
「申し訳ありません。第2、第3の砦を本日中に抜き、日暮れまでには王都へと迫るつもりでおります。今しばらくは堪えていただけますか」
「気遣いはいらん。むしろ兵たちの方を気にしてやれ」
「我らは全てが精兵。果てしなく鍛え抜かれた軍にございます」
「分かった。ならば細々と言うまい。進軍せよ」
「ハハッ!」
それからの進撃も順調であった。エイデン軍は都を守る砦を次々と陥とし、休む間も無く次の拠点を目指して突き進んだ。
これはグレイブの策が当たったとも取れるが、イスティリア側の油断もあったようである。魔族と立ち向かう想定が一切為されていないのだ。もしかすると今の為政者にとって、エレメンティアの地は重くないのかもしれない。その為に守りがお座なりなのだと、エイデンは何となく思う。その想いは、眼前に巨大な街を見据えるまで変わらなかった。
「ようやく敵の本拠に着いたか。ここらで兵を休めるのか?」
「いえ、一度攻めさせてみます。これまでの手応えからして、王都といえど防備は甘いかと思われますので」
「待て。一応相談をしておく」
エイデンは懐の水晶石を取りだし、ユラグ達に話を持ちかけた。使い魔を通して返ってきた答えは、明朝まで攻撃は待って欲しいとの事だ。向こうにも準備というものがある。この大一番において、足並みを揃えるのは極めて重要なのだ。
「グレイブよ。攻撃は夜明けを待て。それまでは兵を休めておくように」
「承知致しました」
話が決まると、兵達は手早く陣を張った。その動きも鮮やかであり、エイデンの陣幕が設けられると、将校、末端兵の物が順次整えられていく。更には万が一の夜襲に備え、見張りも万全だ。勝ち戦に傲りもしない、まさに完成された軍であった。
やがて空が朱に染まる頃、あちこちから夕餉の煙が出始めた。原野から立ち上る幾筋もの白い線。殺伐とした戦雲が和らぐ、唯一と言っても良い光景に、エイデンは愛娘を想起した。あちら側も晩餐を終えた頃だろう。そんな腹積りと共に、懐から再び水晶石を取り出した。
「マキーニャ。聞こえるか」
呼びかけに対し、やや時間を置いて返事がある。だが声はやたらと掠れて聞こえ、辛うじて意図が読み取れる程度の音質だった。使い魔を介して会話するには、ここから城は遠すぎるのだ。
「エイ■■陛下。いかがなさい■■■か?」
「今はエレメンティアに居る。ニコラ達の様子はどうだ?」
「御子様は先■■夕食を終えた■■■です。今はメイ■■共に入浴し■■ります」
「側には居ないのだな? ではもう良い。引き続き世話を頼む」
「ど■■ご武運を」
エイデンは魔力を落とす事で通話を止めた。快適な会話など望めそうにない。明日に帰城したなら、使い魔通信の向上を推し進めようと思うばかりだ。しばらくして。夕食にチーズ入りのパン粥が用意された。広すぎる幕舎にて、独りで飯を食い、そして眠る。
思えば子育てに身を投じてより、初めての外泊だ。夜の闇を重たく感じる。この感覚は、かつて独り身であった時に抱いたものと酷似している。
——ともかく夜明けだ。役目を手早く終え、とっとと城へと戻ろう。
そんな決意が脳裏に繰り返し過る。寂しさを紛らわすように、何度も寝返りを打った。それでも中々思うように寝付けず、固い寝床の上で毛布を頭まで被り、身を丸くする事でようやく眠りに落ちていった。
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