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タンキ
私は昔から短気だ、と言われ続けてきた。短気は損気だというものだから、友達も親戚も口うるさく私を注意した。だから、私は普段から優しくいるよう心掛けている。それでも気持ちが昂るとどうしても短気を抑えられなかった。
その時も私は古今東西の汚い言葉を使って、ありとあらゆる罵詈雑言を吐いた。それでも表現しきれなかった胸にある煮えた思いは全身に伝うように私の身体を熱くした。私の声は響くものではなかったけれど、周囲を驚かせるだけの声量ではあった。目の前に座る彼は怒った私よりチラチラと視線を浴びせてくる人たちに気を配っていた。冷めた空気が私の熱を奪っていく。彼が声をかけてくるのも無視して彼の前から姿を消す。
昼下がりのカフェはところどころに私と同じように会話に夢中な若い人が座っている。周囲は窓で覆われていて解放感のあるそのカフェは多少、私の気持ちに風を通すようだった。
「だから、陽介とは別れる。」
旧友の茜は笑って体を震わせた。憤って前のめりに話していた私が馬鹿みたいに思えて急に恥ずかしくなった。
茜は大学から仲を深めた友達で、こんな短気な私と一緒にいてくれる数少ない酔狂な人だ。それでも時折、彼女は私の短気を馬鹿にして笑う。どこか意地悪で少し高飛車な性格をしている。そんな彼女と一緒にいたいと思う私もどこかおかしいのかもしれない。
「なんで笑うのよ。茜ならわかってくれると思ったのに。」
怒りで少し浮き上がった体を椅子に戻して茜に向けてオーバーに落胆してみせた。
「ごめん、ごめん。でも唯、この前も似たようなこと話してたじゃん。ほら、あの、勇吾くん?だっけ?」
「あ~あ、誠吾のこと?でも、それは違うじゃん。誠吾と付き合ってたのは高校の時でしょ。陽介は大卒だけど、誠吾は高卒だし。」
茜はまた笑いだして、待ってましたと言わんばかりに私の話に耳を傾けた。
「だって誠吾は~、いっつも働いてたし、土日でも寝たりゲームしてたりばっか。私との時間を何も考えてくれてない。授業終わりに会いたいと思えば電話つながらないし、家まで会いに行ったら寝てばっかりで返事も『あ~』とか『う~ん』とか。」
私は昔から男運が悪かった。普段は世話好きで優しい私はダメ男と仲が良くなりやすかった。世話好き、優しいっていうのも会う男から何度も言われて続けて自覚した。互いに惹かれ合って、急速に縮まる仲、気が付けば一夜を共にしていた。付き合い始めて同棲まではいつも上手くのに、同棲をして3ヶ月以内で必ず別れる。流れは簡単だった。最初は私が彼の世話をするのに対して彼が私を褒めてくれる。そのうち彼がマンネリしてきて私は彼女から母親へ扱われ方が変わっていく。少なくとも私はそう感じる。そうするうちに、日に日に私の中へ何かが溜まっていく。ふとしたある日、優しい私は短気な私へと変貌を遂げる。そのまま喧嘩別れ。
「でも、好きだったんでしょ?」
「う~、だってカッコいいし、オシャレだし。時々だけど、優しい一面もあったんだよ。」
「さっきの陽介くんだって絶対同じ結果になるよ~。また酔った時に好きだったーとかいって恥さらすことになるんだから。まだ、陽介くんからは別れようなんて言われてないんでしょ?唯はいつも即決即断なんだから、もう少し考えてから別れるか決めた方がいいんじゃない?後悔は先には立ってくれないからねー。」
茜はテーブルに突っ伏してうなだれる私をなだめるように言う。その感じが先生に悩み相談をする中学生のようで私は素直に頷けなかった。代わりに「わかってるんだけどさ~。」などといった若者の言い訳テンプレートのようなことを言い、目を窓の外へ向けた。道を行く老若男女を目で追う。人通りが多いというわけではないけれど、窓の中には必ず一人か二人が映っていた。ゆっくりだったり、速足だったり、途中でUターンする人もいれば、外から窓の中を見ている人もいる。ふと、こちらに視線をずらしたある人と目があう。
「陽介?」
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