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 彼女は気が付いて無いかもしれないけど、僕と彼女は職場も隣同士なのだ。  それを知ったのは、記録的な暑さの今年の夏だった。  僕の職場はおしゃれなカフェレストラン。そこで、調理補助をしている。調理場は店内からは見えないので、僕がお客さんと顔を合わすことはほぼ無い。  彼女は道を挟んだ隣のビルに入っている、アパレルのセレクトショップの販売員。  時々、ランチやお茶をしに来てくれていた。  フロアを仕切っている店長が、「彼女のテーブルの人達は、隣の店の販売員さんだ。」とサービスのアルバイトに話をしているのを聞いて知った。  隣に住んでいると知ったのは、もう少し後。  その日の夜は、まとわりつくような湿気を含んだ暑さがいつまでも残っていて、「一体何日目の熱帯夜なんだろう?」と考えるのも嫌になった頃だった。  閉店後の店の掃除に手間取って、珍しく帰りが遅くなった僕は、部屋の手前まで来て驚いた。  女の人が倒れている。  まさか死んで無いよな?  周りを見渡したが、人が来る気配も無い。  恐る恐る、ゆっくりと近づいた。  血は流れて無いか、凶器のようなものは無いか、呼吸はしていそうか。  注意深く観察しながら、ゆっくりと近づく。  凶器は見当たらない。  血も今のところは確認できない。  呼吸は。  小さく肩が動いているのが分かった。  生きてる。  それが分かると安心した。  イヤイヤ、まだ早い。  救急車か?  意を決して、ゆすってみた。  そこまで近づいて分かった。  上品な香水に混じって、強烈なアルコールの匂いがした。  そして、すぐ側に鍵が落ちていた。  何だ。酔い潰れてただけか。  状況がようやく分かると、急にさっきまで感じていたまとわりつく暑さが戻ってきた。  僕の額の汗は、暑さのせいと言うよりも、冷や汗のほうが勝っているだろう。  確か、隣の部屋の住人はこんな感じの女の人だったような気がする。  すれ違う程度にしか記憶に無い、隣人の容姿を懸命に思い出す。  確信に近い予想を立てて、落ちている鍵を拾い、隣の部屋の鍵穴に入れてみた。  ガチャリ。  予想通り開いた。  でも、ドアは彼女が邪魔で少ししか開かない。  もう一度、今度は強めにゆすってみた。  それでも、起きる気配は無い。  このまま放っておこうか。  嫌。でも、この暑さの中、朝までここに居たら熱中症になるんじゃないか?  そう思ったら、今朝のニュースで「この夏は熱中症による死亡者が急増している。」と言っていたのが思い出された。  もう一度、どうするか考えた。  そして、失礼して、抱き起した。  まず、背中から両わき腹に手を入れ、胸の下で手を組み上半身を起こす。そして、膝で支えて、左手を彼女の両ひざの後ろに入れる。  店で、先月やった応急救護の講習を思い出しながら、実践した。  いわゆる、お姫様抱っこをして、彼女の部屋に運ぶ。  作りは、僕の部屋と同じだろうから、玄関の明かりは入ってすぐにスイッチがあるはず。  暗闇のまま、とりあえず玄関に入ると、足元に何か固いものが沢山落ちていて、危なくてそれ以上前に進まめない。  何とかスイッチを入れて明かりがつくと、僕は再び驚いた。  足の踏み場もないほどに、モノが散乱しているのだ。  泥棒が入ったというよりも、これはいわゆる汚部屋ってヤツだろうと、直ぐに察した。  とりあえず、彼女を下す場所を見つけなければ。  そう思いながら、ゆっくり慎重に足元を確認して部屋の奥に進んだ。  ベッドはあったのだが、その上には服やバッグその他諸々な物が置かれていて、とてもそこで寝ているとは思えなかった。  しかし、どこもそんな状態なので、ベッドにのっている物を片足で床に落とすと、空いたところに寝かす。  何とか役目を終えると、一気に緊張が解け、汗が流れ落ちた。半袖の袖で額の汗をぬぐいながら、眠ったままの彼女も、うっすらと汗をかいているのに気付いた。  今夜も熱帯夜だ。  まだ、夏の熱気がこもる部屋に放置するのは危険だ。僕はエアコンのリモコンを探した。  モノが散乱している中、半ば絶望的な気持ちで探し始めると、意外とすんなりと見つかった。  ベッドの側にある、ローテーブルに化粧道具に紛れて置いてあった。  僕は、急いで冷房を入れると、逃げるように部屋を出た。  鍵は不用心だけど開けたままにしておいた。  彼女の部屋のドアを閉めて、自分の部屋のドアを開ける。  僕は一直線に風呂に向かい、身に着けていたものを全部洗濯機に入れる。  そして、まだ冷たい水しか出ないうちからシャワーを浴びた。  さっきまでの出来事を洗い流すように、熱を持った心を冷やすように。             
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