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「明日からは、一気に冬を感じるようになるでしょう。」
秋から冬に移る季節。
昨夜の天気予報通り、布団から出るのを何度も躊躇するくらい寒い朝。
スマホのアラームが、いい加減起きないとマズいというメロディーを奏でている。
僕は布団の温もりから、やっとの思いで抜け出すと、一番にエアコンのスイッチを入れた。
この季節になると、毎日一回は考える。
朝、タイマーでエアコンを入れておくか否か。
子供の頃から喉が弱くて、風邪は決まって喉からやってくる僕は、エアコンによる乾燥は大敵なのだ。
1LDKの単身用の小さな部屋は、10分もすればそれなりに温まる。それまでにすることは、もう決まっている。
まず、電気ケトルでお湯を沸かす。コーヒーとコーンスープ用なので少し多め。そして、トースターに5枚切りの食パンを一枚入れて3分に設定する。お湯が沸いて、パンが焼けるまでに、洗面所で顔を洗って、髭をそる。
温かいお湯で顔を洗うと、それまで、キュッと縮こまっていた心臓が、少しずつ緩んで、本来の大きさを取り戻していく。
それからキッチンに戻り、マグカップにインスタントコーヒーの粉を入れる。コーヒーはブラック派だ。
次にスープマグにコーンスープの粉末を入れて、それぞれにお湯を注ぐ。
焼けたトーストをお皿を乗せて、冷蔵庫からヨーグルトとマーガリンを出す。全部をトレーに乗せて、TVの前に置いてあるローテーブルに運ぶ。そしてソファーの前に座るとテレビのスイッチを入れる。
朝の番組は大体どこも似通っているが、習慣的に実家で付いていた番組にチャンネルを合わす。
今日も朝から元気に、最新の情報を教えてくれるその番組は、「今朝は今季一番の冷え込みになりました。」と教えてくれた。
温かい朝食は、まだ寝ぼけている体の中を目覚めさせる。簡単な朝食を済ませる頃には、部屋と体は温まっている。
食べ終えた食器を洗い終えると、今日着ていく服を選ぶ。
選ぶと言うよりは、ただ手に取ると言った方が正しい。僕は備え付けのクローゼットに収まるほどしか服は持っていない。だから、コーディネートを考えることもほとんど無い。
今日、選んだのは、ジーンズと白のカットソーとグレーのセーター。
手前に置いてある、それらを手に取り、靴下も一番手前にあるものを掴む。
スエットの上下を脱いで、着替える。
脱いだスエットを洗濯機に入れるついでに、歯を磨いて、髪を整える。
洗濯は、帰宅してからするので、洗濯機はそれまで、ランドリーボックスだ。
ベッドの布団をなおして、今日は寒いと言っていたから、いつも使っているオフホワイトのマフラーと、今季初めて着る黒のチェスターコートをクローゼットから取り出す。
ジーンズの尻ポケットに財布。
コートのポケットにスマホと鍵。
身支度が整うと、エアコンのスイッチを切る。
最後にお掃除ロボットのスイッチを押して靴を履く。
8時15分。
いつもの時間。
冷たいドアノブをひねって外に出る。
ドアを開けた瞬間から、冷気が遠慮なく流れ込むが、それを押し戻すように外に出る。
鍵を閉めているところに、隣の部屋のドアが開いた。
無意識に見たそこに、彼女がいた。
目が合うと、お互いに軽く頭を下げる。挨拶は交わさない。
小さいエレベーターを待つ間も、話はしない。
僕は彼女よりも少し前に立って待つ。
彼女が立っている、左斜め後ろに僕の意識は集中している。
心拍数もどんどん上がる。
今季一番の冷え込みのはずの朝が、僕には今季一番の熱い朝になる。
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