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1.
一ヶ月振りに登校してきた山城さんの首には小さな龍が巻かれていた。もう初夏だというのに、白いマフラーのようにぐるぐると。
玩具ではなく本物の龍だ。アニメや絵画で見る容姿で、立派な髭が風もないのにふわふわと靡いていた。
数学の小谷先生は注意したが、「剥がそうとしたら噛むんです」と言われ対処を諦めた。校則で禁止されているのは装飾品で、生物はされていないという理屈で、規律に厳しい先生は自分を納得させているようだった。
龍について言及したのは先生だけだ。クラスメイトは彼女に話しかけさえしなかった。
入学してから一ヶ月、彼らは既にいくつかの仲良しグループを作り、アイドルとゲームと恋愛について話をしている。遅れてやってきた山城さんには、その輪に入る資格がなかった。
山城さんが登校を始めて一週間が経ったが、クラスメイトは誰も彼女に注意を払わない。彼女の姿が見えていないのかと思うほどだ。だいぶ酷い扱いのはずだが、本人はさして気にした様子もなく、休み時間は龍の頭を指でこりこりと掻いたりして過ごしている。
「山城さん」
昼休み、僕はそんな彼女に話しかけに行った。教科書を仕舞っている最中の彼女は話しかけられたことに最初気づいておらず、顔を上げたのは僕が三度目に名前を呼んだ時だった。栗色の髪のつむじがゆっくり傾き、彼女が顔を上げる。
「ええと、君は」
「箕輪だよ、同じクラスの」
「せやったせやった。ごめんな、まだクラスの皆の名前、よう覚えてへんねん」
ろくに誰とも話せていないのだから仕方ないだろう、と思いつつ彼女を観察する。
無造作に伸びた癖っ毛。その下で彼女の瞳が僕を見つめ返している。
「それで箕輪君、何か用?」
ぼんやりとした表情を変えずに彼女は淡々と話す。関西訛りの独特なアクセントが新鮮だ。思えば十三年の僕の人生の中で、方言を話す人と会話するのは初めてだ。
「友達になりたいから、一緒にお昼を食べよう」
口を半開きにして彼女は、おお、と言った。
「斬新やね、その誘い方」
「嫌だった?」
「別に嫌ではないよ。友達おると色々助かるし」
「助かるって?」
彼女はお手上げのポーズを取る。
「ほら私、一ヶ月くらい休んどったやろ。せやから勉強ついていくのも一苦労やから。色々教えてくれる人おると便利やん」
「打算的だね」
「堪忍なあ、うち口さがないってよく言われてたねん」
謝罪の言葉もまるで書かれた台詞を読み上げているかのように感情がない。
「大丈夫だよ、僕も正直すぎるって言われるから」
「そうなん? それやったら似たもの同士、仲良くできるかもな」
「それはどうだろうね――山城さん、いつもどこで食べているの?」
「三階の廊下の突き当たりのへん。あそこ、人少ないから静かでええから」
「僕もそこで今日は食べていいかい?」
「友達やし、ええよ。じゃあお弁当買うてくるから、先に行っといて」
彼女はひょいと席から立ちあがり、購買部の方へ向かった。周囲は変わらず僕たちの様子を気にしていない風だ。それが本当かどうかは関係がない。
その日から僕と山城さんは友達になった。といっても一緒に遊ぶわけではなく、ただ昼休みに同じ時間を過ごすだけの関係。彼女は購買部のお弁当を、僕は通学途中に買ったコンビニのパンを口へ運ぶ、誰も通らない廊下の突き当たりで、黙々と。時折会話することがあっても、二言、三言交わすだけだ。二人で黙って肩を並べている時間の方がずっと多いが、不思議と居心地の悪さはなかった。
龍は彼女から差し出されるおかずをいくつか食べると、後は瞳を閉じたまま、ゆらゆらと漂っている。
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