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3.
「最近、不審者が出ているとのことで、実際に野良猫とかが殺されているそうです。皆さんも登下校中、怪しい人に近づいたり、一人で人気のない場所を歩いたりしないように気をつけて下さい」
小谷先生の朝の言葉で、その日は朝からクラスに膜が張ったかのようだった。視線こそ向けていないが、皆は山城さんと、そして僕に意識を向けていることがわかった。マイペースな彼女は気づいていないのか、大きく欠伸を一つしただけだ。
「この子と初めて会ったのは病院で目を覚ましたときやねん」
昼休み、彼女は昨日に続き龍の話をする。
「病室の天井を見上げていると、視界の端っこでちらちら動くもんがあって、何かなって思ったらこの子の尻尾やったんや。最初は幻覚か何かと思ったけど、お医者さんとかにも見えていたから、ああ、本物なんやって」
「何で現れたんだろうね」
「何でやろうなぁ、やっぱり私の守護霊とか何かなんやろうか」
撫でられながら龍は真っ青な瞳で僕を見ていた。その小さな鼻腔がぴすぴすと動いていて、どこか誇らしそうだった。
「そういえば、猫殺している人がおるって話が出たとき、クラスの雰囲気何か変わらんかった?」
彼女は何でもないように聞く。
「山城さん、気づいていたんだ」
「まあ何となく。今回の不審者、私の事件と関係あるって皆思っているのかな」
「そうだと思うよ。だから気にしているんじゃないかな」
「人気者やな、私」
そう言いながら彼女は乾いたように笑う。それが自嘲なのか、それともただ面白くて笑ったのかの判別が難しい。
「ごちそうさま、と。そうや、箕輪くん。明日は私、お昼になったらカウンセリングに行くから、学校には午前中しかおらんねん。だから明日のお昼はごめんやけど一人で食べてな」
わかったと僕は頷いた。
次の日、一人で廊下の突き当たりでもそもそとパンを頬張っていた。彼女がいない中、ここに来る必要はなく、自分でもなぜ来たのかがわからなかった。
暫くすると、一人の女の子が廊下の向こう側から顔を覗かせていることに気づいた。確か同じクラスの、名前は何と言ったか。華があって真面目な、クラスの中心的な存在の子だ。
彼女は暫く逡巡してから、僕に近づいてきた。
「こんにちは」
先に僕が挨拶をすると、彼女は敵愾心剥き出しで睨みつける。挨拶をしただけなのに酷い反応だ。
「箕輪君はどんな気持ちで、山城さんの傍にいるの?」
よく通る声で彼女は質問した。その意図がわからずに、僕が首を傾げると彼女は苛立った様に話を続ける。
「山城さんが何で休んでいたか、貴方が知らないはずないでしょう?」
「休んでいた理由、それは入学初日の帰り道、彼女が通り魔に襲われて大怪我をしたことかい?」
彼女は黙って頷く。
「でもそれが、どんな風に僕に関係するの?」
「っ、ふざけないでっ」
語気を荒げ、一歩詰め寄る。
「皆言っている、貴方が」
そこまで言って言葉を詰まらせる。最近は山城さんとばかり話していたから、彼女のような感情豊かな反応は新鮮だった。
「僕が、何だい。小学校の頃に小動物を殺していた僕が、同じように彼女を傷つけたって、そう言っているのかい?」
親切心のつもりで言葉を継いだが、彼女はむしろ一層険しい表情をする。
「この間見つかった猫の死体も、やっぱり僕がしたと思っているのかい? 本当は彼女をもう一度ナイフでずたずたにしたいけど、それを我慢して猫を殺していると」
僕は畳み掛ける様に彼女に問いかける。怒りからか、あるいは恐れからから、彼女は青白い顔になりながらも、唇を強くひき結んで僕を睨み続けている。
「どうしてそんな、酷いことができるの?」
声を震わせながらも、気丈にしようとしている。なるほどしっかりした子で、クラスで人気があるわけだと目の前の少女を好意的に評価する。その質問に答えてあげたい程だが、生憎僕は答えを持ち合わせていない。
彼女の言う酷いことというのは何だろう。四肢をもがれた小動物たちのことを指すのか、それとも山城さんの首元のことなのか。
龍が巻きつく彼女の首には、ざっくりと傷跡が残っていることを、目の前の少女は知っているのだろうか。
僕は知っている。引き裂かれ、溢れ出た血の色が、猫たちと同じ色をしていたことも。
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