補佐、沢田

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「おはようございます。早目の出勤をありがとうございます。これからも14時半には引き継ぎが出来る準備をお願いします。」 水菜は淡々と話して笑顔を沢田に向ける。 「……おはようございます。逃げるのは嫌ですから…。私はあなたに負けてはいません!」 キッと睨んで沢田は言い、 「何をすればいいのですか?私はただの補佐なので……ちゃんと指示して頂かないと…。」 と、皮肉たっぷりに付け足した。 「そうですね。ではこちらの大きなテーブルで…。」 フロアの中央にあるテーブルに沢田を誘い、端の椅子に座る。 沢田が対面に座るのを確認してから、持って来ていたファイルから一枚の用紙を出してテーブルの上をスッと滑らせ指で押した。 「先ず、目を通して下さい。G、forestの担当者が送って来た言わば最後通告のメールです。これを読んで私が担当者に返信しました。契約内容よりももっと細かい部分のお話を伺い、それは重要と判断し社長に報告しました。それにより、話を聞かない担当者よりも話を聞いてくれる担当者が良いと向こうが判断し、その上での交代です。これを最初に納得して下さい。」 「これじゃあ…何の為の契約なの?アメリカは契約社会なのよ?」 目を書類に落としていた沢田が顔を上げて水菜を見る。 「そうですね?……契約社会、それは間違いではないと思います。基本契約はそのままです。相手は契約の中でもっと細かい事を出来ないかと要求されています。細かい事です。契約の際にはそこまで詰めていませんでした。契約は社長同士で、現場の方ではないからです。後から出るであろう問題に対処するべく窓口になるのが担当者です。話を聞かない社長に代わり丁寧に何時間でも話を聞くべきです。出来るかどうか、それを判断するのは社長です。聴く…話す…何度も同じ事でも…。私の下に付く前にそれを頭に入れて下さい。」 優しい表情で水菜が言うので、反抗しようと思っていた沢田も黙って頷くだけだった。 上から様子をガン見していた真は安堵のため息を吐いた。 「大丈夫…みたいだな?初戦は水菜の勝ちかな?」 「当然でしょう?だって水菜よ?」 笑いながら梨香は言うが、真には分からずに首を捻る。 「本当に馬鹿ねぇ?こんな我儘な社長の下に長くいるのよ?そんな社長を落としたのよ?どんな気難しい社長だって水菜には落ちるわ。素直だし裏表がないから…。水菜の武器ね。無表情に淡々と話を進められて、不意に笑顔を見せられたら……油断するわ。」 かつての水菜を思い出して、 「……なるほど。」 と、真は納得した。
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