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「く、倉田が休みに入るから人手が欲しい!ここで仕事しているなら会社に出て来てくれ!」
「……嫌です。有休を消化して退職したいので…。」
自販機を背に、水菜は真の顔を見ずに冷静な口調で言う。
「就業違反でクビになったら有休も消化出来ないぞ?」
真は必死で次の一手を考えていた。
「仕方ないですね。」
「仕方………ないって。あ!退職金!クビになったら退職金も減るぞ?」
その言葉で水菜の表情が変わるのが分かった。
(金?金なのか?)
水菜はあまりお金に執着するタイプじゃなかったから少し驚いたが、幸人の言った…三人子供がいて……本気で離婚を考えているのなら、これからの事を考えたら退職金が減るのは避けたい筈だと頭に浮かんだ。
「どうだろう?提案です。」
冷静さを取り戻し、ゆっくりと真が言う。
「提案?」
水菜は真の方を向かずに、身体を横にしたまま自販機を背に動かずに囁いた。
「退職は認めましょう。退職金も色を付けます。その代わり退職日までちゃんと働いてもらいたい。倉田は安心して休めるし新人教育もお願い出来る。新人を育てたら気持ちよく退職出来るのではないですか?」
考えながらも水菜の顔が拒否していると分かるのは、夫婦だからなんだろうと思った。
悩む水菜にもうひと押しする。
「有休は現金で買い取ります。残っている分、そうだな…一日、一万でどうでしょう?こんな事、言いたくはないですが海はもうすぐ誕生日です。プレゼントもなしでは可哀想です。」
水菜の表情が動く。
海は8月生まれで今は7月終わり、倉田はお盆休み明けから3週間の休みを出していて、結婚式は8月20日を予定している。
「倉田が休みの間は大変でしょうから特別手当も出しましょう。うん……三週間、一日、五千円プラスします。クビかプラスか…どうされますか?」
卑怯な手である事は分かっていたが、今はこれしか方法が思い浮かばなかった。
「……本当に退職を認めてくれるのですね?」
下を向いて水菜が呟く。
「はい。倉田が戻るまでお願いします。」
「…分かりました。今日、ここを辞めるのは無理だと思うので一日、猶予を頂けますか?」
「勿論。では明後日、お待ちしています。」
最後まで真の顔を真っ直ぐに見る事はなく、水菜は搬入口から店の中へ入って行った。
(よっしゃ!!)
小さくガッツポーズをする。
攻防戦一回戦は真に軍配が上がった。
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