チャンス

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水菜の美味しいですよ?という言葉を受けて、上野も箸を手にした。 「連絡…しなくてすみませんでした。兎に角制作に何とか変更なしでお願いしようとそればかりに必死になってしまいまして…。大きな仕事の担当、一人で初めてなんです。」 それを聞いて水菜が話を振る。 「確か以前は制作に…。」 「……はい。制作チームにいました。ウェブサイトを作る際に詳しい人間が説明した方が良いだろうって事で営業に…。それは構わないし仕事ですし、ただ急な変更は困ります。担当としていつ出来ると催促しておいて1ヶ月経って変更を申し出るなんて言えないと思いました。連絡しなくて…すみません。」 謝られて水菜も苦笑した。 実際の所、連絡があっても水菜は会社にいなかった訳で…謝られても困るのだ。 「…いえ、諸事情で数日、会社を休んでおりました。ですから連絡を取り付けて戴いても私は居なかったので…謝罪は結構です。今は美味しく食事を…せっかくの食事が冷めてしまいます。ここ、本当に美味しいですよ?その後で詳しくない私にも分かる説明を…。私はそれで社長を説得してみます。出来るかどうか自信はありませんが、精一杯、頑張らせて頂きます。」 微笑んで言うと、上野は頭を深々と下げた。 若いなぁ…と思いながら水菜も就職した頃の必死な自分を思い出していた。 (七瀬 真という我儘で暴君な社長はコーヒーを投げるし、通信は途中で切るし…振り回されてばかりだった。パソコンの事は必要最低限の事しか分からないし、専門用語も皆無で役立たず感があった。暖かい目で見守ってくれたのは真だった…。) 我儘で良いとそれでいいと…いつも言ってくれていた。 それを思い出すと涙が溢れた。 「……っ、やだ…。ごめんなさい。」 慌てて水菜は手のひらで涙を拭く。 「これ、使って……。」 上野も慌ててテーブルに置いてある紙ナプキンを数枚取り、渡した。 「あ、ありがとう。ごめんなさい。何でもないんです。驚かせてしまいましたね。食べましょう。」 そう言い、上野に笑顔を向けた。
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