仕事

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コンコン! 軽快に社長室のドアをノックする。 「はい。」 真の声が聞こえて、また大きく息を吸う。 「失礼します。」 ドアを開けて一礼して部屋に入った。 「パソコンの方にも送らせて頂きましたが、プリントアウトした物も後で届けます。出来ればすぐに確認をお願いします。」 「あぁ、今、確認した。」 水菜の方をチラッと一瞬見てから、真は答えた。 「ご理解は頂けたでしょうか?」 「理解はな?一か月前の依頼とは全然違う。断っていい案件だ。条件も違う、契約内容と大幅に変更。納期はそのまま…ふざけてるのか?」 「サードではエタエモのミニゲームと宣伝されているそうで…出来れば降りないでほしいと…。」 冷たい目を向けられて、水菜は怯まずにそれを伝えた。 エタエモで作られたゲームは過去に二度発売されていて、他のゲーム会社からも一目置かれる人気ゲームとなっていた。 「……頼まれたから?自分より若い男にちやほやされて嬉しいから?」 真にそう言われて思わずくすりと笑う。 「おま…水菜!笑うってどういうことだよ!!俺は注意してるんだぞ?怒ってるんだ!若い男に頼まれて私情で仕事されたら……。」 そこまで言うと水菜がまたくすりと笑うから、真はさらに血が上り怒鳴ろうとした瞬間、水菜が発した言葉に停止した。 「居酒屋と同じですね。理由がくだらな過ぎて笑えます。」 冷ややかな声で真っ直ぐに真を見て水菜が言った。 かつての居酒屋と同じ様に冷たい水を掛けられた気分になり、真は水菜を見つめていた。水菜は構わずに続けて話す。 「仕事です。相手はこの数日、こちらの事を考えて社内で努力して下さっていました。それに応えるべく、私も社長を説得する努力をするとお返事致しました。そこに仕事以外の感情はありません。私にやましいことは何ひとつない。あなたにとやかく言われる覚えはない。私情を挟みまくってる社長にその様に言われるのは心外です。この部屋に女性を入れて、何をしていたかは私が良く知っています。それは私情ではないですか?若い男?そうですね……こんな社長ですから、若い男に走ってもしょうがないですよね。それが社長の望みならそうします。仕事も私情も…どちらもご検討下さい。これで失礼致します。」 言いたいだけ言って…いつかの居酒屋みたいに水菜はさっさと真の机の前を通過して、奥の秘書室に通じる階段を降りて行く。 「ちょ…待て!水菜!!」 振り返りもしない…笑顔もない、ただ階段の上でひと睨みして一礼して、無言で降りて行った。 敗北……その二文字が真の頭に浮かんでいた。
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