水菜

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じゃあ、と言い残して階段を降りて秘書室へ向かおうとすると、真に呼ばれて立ち止まる。 「水菜?今…心は平気か?痛まないか?」 振り返ると同時に真の優しい声が聞こえる。 優しい表情が見える。 心配そうな…優しい表情。 それはあのマンションに引っ越してから一年…繰り返された真の言葉だ。 恋愛に臆病になっていた水菜の心に、ゆっくりと少しずつ染み込んでいった優しさと愛情。 いつも真は水菜に話していた。 自分はコミュニケーションが下手で人の心が分からない人間だから、遠慮なくなんでも言ってくれと、同居を始めてから何度も繰り返された言葉。 何も言えずにいたのはいつも自分で、真はいつでも待っていてくれたのかもしれない。 振り向いて、水菜はそんな事を考えた。 「…真、……わ、たし、ね?」 7年間の結婚生活が頭の中に流れた。 「うん?何でもいいよ?文句でもおねだりでも…別れの言葉以外は全部聞く。」 優しい言葉に涙が一雫、頬を落ちて行く。 「……私、やっぱり強くないわ。昔の事だと分かっていても、あんな綺麗な人が……ここにいた、その部屋で……真が、あの人に触れた……考えたら辛いわ。過去は変わらないって分かってるけど……。」 水菜の大きな両眼から、話しながらポタポタと大きな雫が落ちた。
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