俺はあの女の名を知らない。(脳筋少年視点)

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俺はあの女の名を知らない。(脳筋少年視点)

 俺の憧れの人はステイサム。  あの脳みそまで筋肉で出来ている。  そんなさっぱりした思考。  他人を顧みないあの姿勢。  ああ、俺はステイサムになりたい。  そう思って俺は毎日を過ごしている。  男らしく、財布はもたず、お金は直接ポケットに。  決断はすばやく。あれが食べたいと悩んでも、最初に目に入ったメニューを注文している。  相談されても、悩みを聞くんじゃなくて、感じたまま速攻返事をしていたら、いつの間にか相談する人がいなくなってきた。  そういえば、ステイサムを目標にしてから、周りの目が変わってきたのだが、気のせいだろうか。  まあ、いい。  俺は気にしない男だ。  ステイサムは、女に媚びたりしない。  女の方から寄ってくる。  だけど、俺には誰も近づいてこない。  遠巻きに見られている。  いいさ。  俺はクールな男なんだから。  そうして俺がステイサムを目指して3年。  春がまた来ようとしていた。  ステイサムは孤高の狼だ。  群れたりしない。だから部活は勿論帰宅部。  そのせいで勉強もはかどり、志望した大学に合格した。  だから、セーブしていた筋トレも再開した。  久々に鏡をみたら、やっぱり少し腹の筋肉が落ちている気がした。  俺は、自分でいうのもなんだけど、完璧な体をしていると思う。  ステイサムを日本人にしたら、俺、まさにそれが俺だ。  こんなにクールでなのに、なぜか、みんな遠巻きだ。  何が悪いんだ。  姉に止められたが、ステイサムにもっと近づきたくて、坊主頭に刈り上げた。  このスタイリッシュなヘアースタイルがよくないのか?  そういえば、最近遠巻きというか、怯えられるようにもなってきたな。  ハンカチを落とした女に声かけたら、ごめんなさいって悲鳴あげて走って去った。  そういや、あのハンカチ、まだ返してない。  洗濯してあるんだが。  卒業式が迫っている。  あの女も確か、同じ三年生だ。卒業する前に返してやるか。  俺はそう決めると、ハンカチを紙袋に入れて、カバンに押し込んだ。  ステイサムを目指しているのに、制服は学ラン。  俺はスーツに似たブレザーが良かったのに、親が近場以外認めなかった。  くそ、いいさ。  大学入ったら、俺はステイサムファッションを通すんだから。  能書きを垂れていたら遅刻しそうだった。  朝食をとる時間もなくなって、俺は情けなく、学校までダッシュすることになる。  この時期の学校は、行っても意味がない。  まあ、サボるわけにもいかんから、行ってるわけだが。  御託はいい。  とりあえず俺はあの女にハンカチを返す。  同じ三年だってことしかわからんな。  あと同じクラスじゃない。  メガネをかけた黒髪の女だ。  時間ギリギリに校門を抜け、教室まで足早に向かう。スタリッシュに、焦った様子はみせないところがポイントだ。  教室に入っても挨拶などしない。  先生がまだ来てないことに内心ほっとしたけど、それを表に出さずに席に着いた。  すると先生がやってきて、ホームルームが始まる。  卒業式まであと1ヶ月、進路はもちろん決まっている。  思い出をつくるとか、なんとかでクライメートはイベントを考えているみたいだが、俺は気にしてない振りをする。  ステイサムたる俺が、群れに入るなどありえないのだ。  昼休み、俺は紙袋を持って、あの女を探すことにした。  廊下を歩きながら、さりげなく教室に目を配る。  すると、ビンゴだ。  俺はターゲットを見つけた。  ステイサムなら、ここは代理など頼まず、ぐいっと教室にはいるだろう。回りくどいことはしない。  そうして俺が教室に入るとその女が俺に気がついて、立ち上がる。  そして脱走した。  ーーこの俺から逃げられると思うなよ。  俺はもちろん、追いかけた。  廊下を走らないなんてしらない。  ターゲットが逃げているのだ。  捕獲するのが俺の仕事。  俺は靴箱で靴に履き替えようとしている女を捕獲した。 「な、なんのようですか?」  女の手首は細くて、脈の音まで聞こえてきた。  身長は思ったより、低くて、俺を懸命に見上げている。  真っ赤に染まった頬に、泣きそうなのか潤んだ瞳が眼鏡の奥に見えた。  ーー何か言え!  俺は女の手首を掴んだまま、固まってしまった自分自身に驚くしかなかった。 「離してください!」  女に大声で怒鳴られ、周りにいた奴らの視線が一気に集まる。  俺は手首を離して、女は逃げた。  ーー俺、何している?  ここはクールに、紙袋を渡すだけだっただろ?  なんで。  俺は持っていた紙袋をくしゃくしゃにして、自分の教室に戻った。  家に帰っても考えるのはあの女のこと。  なんでだ?  あんな根暗そうな女に。  でも可愛かった。 「カオル!帰ってるの?」  部屋の外から姉の声がした。  いつもガサツな姉。  あの怯えた小動物のような女と全く違う。 「あんた、今日女の子を追いかけ回したって?」 「なんで勝手に入ってくるんだよ。クソ姉貴!」 「うるさいわね。それよりもあんた本当なの?」  勝手にドアを開けた姉は俺の抗議を完全に無視した。  姉は大学2年生だ。  もちろん母校は俺が今通っている学校。  だけど、すでに卒業してるのに。なんで俺があの女を追っかけけたこと知ってるんだ? 「うるさいな。別にいいだろう。そんなこと」 「別によくないわよ!それってどういうこと。好きな人?あんた、ステイダスだっけ。そんな俳優のことばっかり考えていて、女の子に興味ないって思っていただけど、違ったの?」 「ステイダスじゃない。ステイサムだ!あと俺はステイサムを尊敬しているだけであって、よこしまな考えはない!」 「いいわよ。そんなことどうでも。ねぇ、好きなの?その子のこと?」 「す、す、すき???そんなことない!」  そんなわけがない。  この俺に限って、女に惚れるなんて。しかもあんなステイサムな俺に合わないような。 「はーは!恋か、あんたもとうとう恋をしたのか。よかった!もう頭を坊主にするって言った時は、どうしようかと思ったわよ。でもこれでほっとしたわ」  姉は言いたいことだけをいうと、動揺している俺に目もくれず、来た時と同じようにすぐにいなくなった。  ーー好きなの?その子のこと?  その夜、俺は姉のその言葉が頭から離れずよく眠れなかった。  この俺がだ。  くそ!  決めた!  ハンカチを速攻返して、あの女とは縁を切るつもりだ。  俺のステイサムとしての生活を乱す要素は、排除しなければならない。  寝不足の頭でそう決めて、俺はハンカチの入った紙袋をカバンに詰めた。  朝から、俺はあの女を探した。  教室に行くと目立つから、一人でいる時を狙おうとしたのだ。  そうしたら、俺は本当に運がいい。  花壇に一人でいるのを発見した。しかも花壇にはあの女しかしない。    俺は紙袋を持つと逃げられないように、ゆっくりと近づいた。 「おい」    名前を知らないので、そう話しかけたら、また逃げられそうになった。だから、俺は彼女の手を掴む。  あったかい彼女の手は柔らかくて、またぼおっとしていまいそうになる。 「は、放してください!」  手をブンブンと振り回し、女が声を上げる。  ーーくそっと誰かが来てしまう。  俺は早く要件を済ませようと紙袋を彼女に握らせた。 「あの、俺と付き合ってください」 「え?」 「は!」  俺、何言っているんだ!?  女の顔が一気に真っ赤に染まる。  えっと、俺。   動揺しすぎて二の次が告げない俺に、女が先に口を開いた。 「はい」  ーーえ?  はい?  女の名前も俺は知らなかった。  だけど、その日、俺は生まれて初めて彼女ができた。  余談になるが、彼女は俺のことを前からよく知っていたらしい。しかもステイサムのファンだということがわかった。  名前を知らなかった、告白するつもりもなかった、なんて今更言えないが、俺たちは順調に交際を続けている。  お互いの大学も近いところで、遠距離することなく付き合えているし、誰にB級映画だと言われても、俺と彼女はステイサムの映画を二人で仲良く楽しんでいる。 (終)
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