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夜明け前、うっすらと空が白み始める頃に征丸は目が覚めた。
山での物の怪の遭遇に始まり、いきなり現れる女の子に生贄の嘘。
昨日一日で驚き過ぎて疲れた。
尾白たちが人でないと知った後も、恐怖はなかった。
むしろ話しを聞き入ってしまい、気がつけば夜中になっていた。
尾白の話しによるとここに住んでいるのは、二人の人と六柱の神様。
神様といっても、神様の位としてはあまり高くないらしい。
「この国には八百万の神様がおりますから、そう珍しいことではありませんのよ。わたくしも元は狐ですが、長く生きて神狐に昇格しましたの」
尾白がふふふ、と笑う。
「ワシや月ちゃんは元から神様の生まれじゃ」
えびす様が上機嫌に盃の酒を飲み干す。
「じゃあ、こちらの仙人様は?」と征丸が隣りをちらりと見て聞くと、仙人にいたっては総次郎がこの山にくるずっと前からいたので、よくわからないらしい。
人間の域はとっくに出ているのではないか、お神酒につられてここに住みついた酔っ払いが仙人になったのかも、などと適当なことを言う。
征丸は起き上がり、縁側に出た。
まさか人見知りの自分が初対面の他人様の屋敷に泊めてもらうことになるとは……。それも人ではない者たちの。
白い霧に包まれた冷たい新鮮な山の空気が流れこんでくる。
草木は朝露に濡れ、山では鳥が鳴いている。
色々あったわりに清々しい気分だった。
こうして明るい所で見てみると社はかなりの広さだった。
昨夜は真っ暗で何も見えなかったが、裏庭にはたくさんの赤色の彼岸花が咲いていた。
部屋を挟んで反対側に出て見ると、真っ白な光景が目に眩しく征丸は目を細めた。
朝日に照らされた玉砂利が境内に広がっていた。
境内の正面に朱の拝殿、その奥に本殿、そしてそのさらに山の上に霧に隠れて奥宮が建っていた。
千年前の魔物が封じられている社と知っていなくても、自然と近付くのは避けたくなるほどに幽玄な雰囲気を放っていた。
赤い灯籠の中の灯が消えていた。
もうお勤めは終わったのだろうか。
征丸は草履を履き、境内に降りて正面から拝殿を見上げていると後ろから尾白に声をかけられた。
「おはようございます。もう起きられたのですか?お早いですね」
「あ、おはようございます。昨日はすっかりご馳走になりまして……ありがとうございます。あの……、総次郎様以外に陵家の人ってここにはいないんですか?」
「昔は何人もいらしたとお聞きしましたよ。でも総次郎様の代からはお一人ですわ」
「じゃあ、陵家の人がもうあまりいないんですかね」
「そういうわけでもありませんよ。私ども妖狐の世界でも有名ですが、陵一族はとても大きな一族ですから。本家、分家のみならず門下家も多いですわ」
「え、じゃあどうして総次郎殿は一人なんです?お勤めも交代でやったりすればいいのに」
「さあ、そこまでは存じ上げあせんわ」
尾白は困った顔をした後、朝御飯の支度手伝ってきますから、と丁寧にお辞儀をして行ってしまった。
従者もなくたった一人都から。
家族はどうしているのだろう。
もしかしたら総次郎様は何かの罰を受けてあの勤めをしているのだろうか……?
征丸が泊まらせてもらった建屋の真向かいにある、母屋の裏庭の方でたくさんのスズメの鳴き声が聞こえた。
行ってみると、月ちゃんが集まるスズメに餌をあげていた。
征丸は声をかけようとして近付いたが、ふいに足を止めた。
もう一人、月ちゃんの他に人影があるのに気付いたからだ。
霧が晴れ、日は昇りかけている。
服装こそ袴姿で、男も女とも分かりにくいが、朝日の逆光に照らし出されたその人影は、華奢で柔らかな曲線を描いている。
肩よりも短い髪が、風にさらりとなびくのと同時に、その女が振り返った。
征丸は思わず息を呑んだ。
〝綺麗〟という言葉はきっとその女の人のためにある。
真っ直ぐな澄んだ眼差しとぶつかった。
美しく整った顔立ちに優美な立ち居振る舞い。彼女は凛とした空気を身にまとっている。
月ちゃんが征丸に気付き、駆けよったのでスズメがいっせいに飛び立った。
「お、おはようございます。さ、昨夜にこちらにお世話になった村の薬師様の使いの征丸と申します……」
征丸が頭を下げると女もすっと目線を下げた。
「あの、……この家の方ですか?」
征丸がしどろもどろに問うと、女は静かにうなずき、軒に上がってするりと廊下の角を曲がって消えてしまった。
後には朝の澄んだ空気だけが残った。
「昴様?」
呆然と立ち尽くす征丸のすぐ後ろでえびす様が急に声を発したので、征丸は飛び上がるほどに驚いた。
「なっ……。居たんですか!」
えびす様は包丁を片手に前掛けををしている。
「そりゃ、朝飯作っとるからの」
「その、か、かおを洗ってきます……!」
征丸は早足で境内を横切ると縁側に上がり、廊下を歩いていく。その後姿にえびす様がつぶやく。
「寝ぼけておるんじゃろか……」
えびす様は月ちゃんの方を見たが、月ちゃんは首を傾げ、またすずめを追い回しにいった。
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