三.封印山の迷い人

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————  錦秋の紅葉の中を征丸は歩いていた。  だが美しい紅葉も山の清涼な空気も感じる余裕も征丸の心にはなかった。 「はあ〜」 と何度目かわからないため息をつく。  老師様は何もわかっていない。  死ぬ覚悟があって死病を怖がらないのと、魔物の住む山に(おもむ)く覚悟は違う。  死ぬこと以上に、人と関わるのが怖いのだ。  空を見上げると、生い茂る赤や黄の葉が空を隠す。晴れているが、葉の隙間から差し込む光が弱くなり、夜の暗い闇が迫りつつある。 「ああ、もう日が暮れる……」  夕闇が迫るにつれて焦りも増す。  ふいに木々を掻き分けた先に視界が開けた。獣道だ。  緩やかに曲線を描きながら上へと続いている。道の横には大きな石がある。  よく磨かれ角がとれ丸みを帯びた石には顔がうっすらと彫られている。老師様が封印山に行く目印になる、と言って教えてくださった土地境を守る道祖神(どうそしん)だ。 「はあ〜」  征丸はまた大きなため息をついた。  昼前にこの山へ入り、日が沈みかかる今までの間に、征丸は四度この石でできた道祖神と顔を合わせていた。 「これで五回目か……」  最初にこの道祖神に出会った時に供えた花が、そのままに置いてある。  征丸は道祖神の横に腰を下ろした。  石に彫られたお顔はどこかニコニコとした笑った顔をしている。  道祖神自体は丸い石にお顔が彫られただけのものだったが、雨に濡れないよう(みの)が着せられ、頭には傘をかぶされ、周囲は綺麗に掃除されていた。  道端の神様にしてはお供えものも多い。  最初山に入って、この道祖神を見つけた時は、封印山の守人に会うのは簡単だと思った。でもこうして一日歩き回り、どう道を変えても結局この道祖神の所にたどり着いてしまう。  何かに惑わされているのは確かだった。  征丸は手を合わせた。 「道祖神様、どうか私をこの封印山の守人に会わせてくださいませんか。止むに止まれぬ事情があるのです」  道祖神は硬い石の顔に相変わらずやさしい微笑をたたえている。 「ああ、老師様に道祖神様から先へ進む方法を聞いておけばよかった……」  はあ、とまたまた思わずため息がでる。  このまま帰ったとしても老師様は怒ったりはしないだろう。だが役に立つと決めた矢先に、この有様……。  己の無力さが身に()みて、征丸はうなだれた。 「事情を話してみよ」 「うわあっ!」  突然聞こえた声に征丸は驚き、ひっくり返って尻餅をついた。  そして目を見開き、道祖神を凝視する。  今ここに居るのはこの石でできた神様と自分のみのはず。  空耳だろうか、と征丸が道祖神を触ろうとした時、再び声がした。 「何の用事でこの山に来たんじゃ?」  道祖神からの声ではない。  征丸が視線を声のした方に走らせると、狭い道の真ん中に小柄な老人が立っていた。  腰は曲がっていて、頭の真ん中が禿げているが、真っ白いあごひげは胸に付くほど長い。手を後手に組み、いかにも山の仙人らしい風体をしている。 「あ、あなたはもしや……!」  道に迷わすまやかしといい、気配もなく突然姿を現した事といい、この老人こそ封印山の守人であると征丸が確信するのに、そう時間はかからなかった。
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