第八話 千年の都

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 そんなことを考えながら征丸が川を覗き込んでいると、着物の裾をちょいちょい引っ張られる気配があった。  征丸が振り返り下を見ると、そこには赤い着物を着た女の子がニコニコと笑いながら立っていた。 「つ、月ちゃん!!」  月ちゃんが征丸の大声に、両手で耳をふさぐ。 「ぶ、無事だったんだね!!良かったあ!!他のみんなは!?」  月ちゃんは片手で耳を塞いだまま、もう片方の手で封印山の方を指差す。 「みんな無事なんだね!?」  こくりと頷くと同時に、征丸の身体から力が抜けた。 「よかったぁ〜」  再びへなへなとその場に座り込んだ。  そして月ちゃんが今度は征丸の着物の袖をつかみ、ちょいちょいと引っ張る。 「え、何?」  そう問うと、また彼女は封印山の方を指差した。 「え……行くの?封印山に、僕が?」  月ちゃんは大きくうなずいた。  征丸は、月ちゃんに導かれるままに山道を登った。  あたりは暗く右目の布を取るか迷ったが、月ちゃんの姿がほんのりと光っていたので足元は明るかった。  千本鳥居を抜け、ふと征丸が顔を上げると出口が見えてきた。鳥居の向こうに立つ小さな人影。あれは風太だろう。 「あー!征丸さまが帰ってきた!」  そう叫ぶと風太は奥に走って行ってしまった。  帰ってきた……?  そう聞こえた。  征丸は立ち止まり目をまるくした。  次にドタバタと社から尾白と福の神が飛び出してきた。 「征丸さま、ご無事でよかったですわ」 「役人に捕まってしもうたのかと思いましたぞ」 「征丸さま、こっちだよ!」 「せーまる!せーまる!」  風太と月ちゃんが征丸の着物を掴み引っ張り、尾白が先導し、えびす様が背を押してくる。  あまりの歓待に征丸は何が何やらわからなかった。  押され、引きずられるうちに母屋の玄関にきた。すると今度は奥から昴が飛び出してきた。 「征丸!無事だったか」 「え、あ、……はい」  その真剣な眼差しに征丸は思わず改まって返事をする。 「朝まで待って帰ってこなければ、牢破りでもしようと思っていたが……まあ無事で良かった」  物騒なことをいう。  もちろん本気ではないのだろうが。 「遅かったな」 「すみません、夜になるまで待っていたので……。というか、僕のせいでみなを危険なことに巻き込んでしまって……」  もう一度すみません、と言いかけたが、「話は後だ、まずは上がれ」と昴が戻っていってしまった。  昨夜、夕飯をご馳走になった部屋だった。  暖かい火鉢の前に座らされ、手ぬぐいを渡された。 「あの……」  今回は歓待される立場じゃない。むしろ責められる覚悟で来た。  征丸のつぶやきは、えびす様が運んできた暖かいお茶やら飯が次々に目の前に置かれた音でかき消された。 「さあさあ、腹が減ったじゃろう。たーんと食いなされ」 「いえ、あの……」  月ちゃんが横から湯呑みにお茶を注ぎ、酒呑み仙人が反対隣りから(さかずき)を勧めてくる。 「……あの!!」  征丸が意を決して出した大きな声に、みなの動きが止まった。 「いえ、あの……、すみませんでした。僕のせいで役人に追われるはめになってしまって。僕が同行したばっかりに……。ここには謝りに来たんです。僕は……疫病神です。僕なんかと関わったばっかりに厄が降りかかった」  みながしばらく押し黙る。  沈黙を破ったのはえびす様だった。 「なんと征丸殿は疫病の神様であったか」 「また神様が増えましたわね」  尾白が続ける。 「……そうだったのか。どうりで博識なわけだな」  昴までもが納得した。 「いや……、だからそうではなくて」  罪家、と言いたくなくて疫病神という表現を使ったがこれが変な誤解を招いている。どう説明していいかわからず、もごもごしていると昴がすっと立ち上がる。 「征丸、いずれにしても総次郎は感謝していたよ。そうだ、征丸が戻ってきたら薬の礼を言っておいてくれと言われていたんだ」  昴が見覚えのある包み袋を持ってきて見せた。  あれは……、いくつかの薬草を調合した後に包む薬草袋。 「薬師様のところにお届けしたら、調合してくださったのですよ」  尾白が言う。 「そう……だ、総次郎様は?体調は戻られましたか」 「ああ、今は奥宮だ」  征丸は外に目をやった。もうそんな時刻なのか。 「危険を犯してまで都に総次郎の薬を作りに行ってくれたんだろう?」  昴がかすかに微笑みながら問う。 「いえ……僕は……」 「嘘をついても無駄ですよ。我々は人語を話しますが、ある程度は心を読んで話しているのですから」  尾白が言う。征丸は顔を上げた。何も言えなかった。 「我々は誰彼かまわずこの社に招き入れたりしているわけではありません。総次郎様をお守りするために。あなたはとてもきれいな心をお持ちですわ」  尾白の言葉が……一言一言が、身にしみた。征丸は言葉を返せなかった。  ちがう、ちがう……!  僕はそんなできた人間じゃない。  人を恐れ、遠ざけていた。  人が怖かった。怖くて怖くて怖くて……。  ……それでも。  最後に人の役にっ立って死にたいと思ったのは事実でもあった。  ……都に、勇気を出して都に行ってよかった。 「僕は、役に立ちましたか?」  穏やかな顔で聞いた。 「もちろん。わが主人を助けてくれてありがとうございます」  ふっと征丸は笑った。 「ようやく、人の役に立つことができたんですね、僕は」 もう、今、この瞬間人生が終わってくれたらいいのに……。  征丸は本気でそう思った。目を伏せると同時に涙がこぼれた。
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