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「え?もうですか……?」
「あの商人はちょうどお前と同じ頃、都から村にやってきた新参者でな。もともとあまりいい噂がなかったんじゃ。屋敷の中を見ておかしいと思ったじゃろう」
「……まるで貴族のようなお屋敷でした」
「都の役人と結託して富を築いているという噂じゃ。都で商人があのような屋敷に住めば目をつけられる」
目をつけられ、人に妬まれるのがどれほど恐ろしいことか。征丸は右手で頬を抑えた。
そしてふと顔を上げる。
「あのう、老師様。先ほどはありがとうございました。僕のことをかばい……老師様に嘘をつかせてしまい申し訳ありません……」
「かまわぬよ。それよりもお主の方から一緒に行くと言った時は驚いたがのう」
征丸は背筋を正して座り直した。
この村に来て一年、老師以外の村人とは誰とも顔を合わすことなく、家の裏の薬草の野倉に引きこもって生きてきた。
「老師様に引き取ってもらえて今は幸せです。薬学も色々教えてくださって感謝しています。でも……。あのまま大人しく殺されておけばよかったのかもしれないと、この一年ずっとそんな風に思っていました」
「征丸……」
「救われた命であることは重々承知しています。でも、望まれぬ生であることも事実なのです」
征丸は顔を上げた。
「だから死ぬのなら、せめて誰かの役に立って死にたい、そう思ったのです。生きながらえることを考えるより、誰かの、何かの役に立ってから死にたい。村の人が未知の死病で苦しんでいると聞き、何か役に立てればと思い同行したのですが……」
「死病?それは大げさな噂じゃ。お主、死病にかかっても構わないと思ったてついてきたのか」
「……はい」
老薬師はしばらく考えてから、何かを思い出したように膝をたたいた。
「征丸、この村に来る手前に、赤い橋を見たのを覚えておるか?」
老薬師の声が急に明るくなり、話が別の方に飛んだ。
赤い橋?征丸は眉を寄せた。最初にこの村に来た時のことを思い出す。
「村境にあった赤い太鼓橋のことですか?ええ、なんとなくは……」
確か初めてこの村に来た時、川に架かる赤い橋があった。
村の橋にしては雅な橋だと思ったのを覚えている。
「あの橋の向こう岸にある山には千年前の魔物が封じられておる。今もその魔物を封じた一族の子孫が社を建て封印を守り続けておるのじゃが。そこへ行って相談してみたらどうじゃ」
征丸が驚いてのけぞった。
「えっ……え?僕が行くのですか?」
「死の病にかかる覚悟があるのなら、魔物の住む山に行くのも怖くなかろう。なあに、社に住むのは古くからの知り合いの家の者じゃ。もうこの足腰では山を登って行くのはしんどいからのう。お前が代わりに行ってきてくれ」
征丸が返答に困っていると
「それでは、頼んだぞ」
と老薬師が決まったとばかりに念を押す。
「わ、わかりました。ろ、老師様の頼みではいかないわけにはいきません……」
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