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「お兄様、今日は日食なんですって!」
元気の良い妹の声が、自室にこだまする。妹は自分と似ていて、そして似ていない。具体的にどこがどう似ているとは言えないので、とても自分と似ているのだろう。
「知っているよ。天文学者がわあわあ騒いでいたし」
アントゥスはいつも通り自室の窓のヘリに腰をかけ、本を読んでいた。いつもの場所である。
「ちゃんと望遠鏡も用意してあるし、後はことが起こるのを待つだけですわ」
「日食を望遠鏡で見たら、目が焼けるぞ。ゴーグルを使え、ゴーグルを。メストトあたりからもらってくるといい」
ええ、と妹は驚きの声を上げ、すぐさま部屋を出ていった。妹は自分より六つほど年齢が下だ。正直、どう接してよいのかわからない。だが、人形が好きなことは知っている。気に入った人形には名前をつけ、大切にしている。
部屋をノックされ、母の声が聴こえた。
「アンリエットはここかしら」
「さっきメストトの元へ行きましたよ。直に帰ってくるかと……」
言い終わる前に、アンリエットはドレスの裾をつかみ、通路を走って来た。
「あ、お母様!」
そう叫んで母の胸に飛び込んでいった。
アンリエットは両親のことが好きだ。素直に愛していると言えるし、素直に甘えられもする。自分には……到底出来ない事ばかりだ。自分は薄情者かもしれない。
日食の話をするふたりとの間に、溝を感じたのはこれで何百回目だろうか。
「アントゥス、あなたも行くでしょう? 観察会。夕方、もう少しだけど」
「行きませんよ。興味ない」
バタン、とドアを閉めると、定位置に戻った。そうだ、興味なんかない。勝手に3人で見ていればいいのさ。
そう自分に語りかける度、モヤモヤと晴れない気持ちに苛立った。
剣よりも本が好きだった。別に剣技が苦手な訳では無い。むしろ、国内の剣術大会では覆面を被って優勝している。剣技では、彼は群を抜いていた。
でも、戦うことは好きではなかった。剣と剣を交じらせる時、あるのは恐怖だった。敵の剣をはじき飛ばし、首に刃を立てる時、気持ちが悪くなった。人が人を殺して、何の得があろうものか。
それ以来、剣は申し訳程度しか、握っていなかった。
ドアがノックもなく勢いよく開き、アンリエットが飛び込んできた。腕には、気に入りの球体関節人形、アンリーヌがある。
「行きましょう、お兄様! 私はお兄様と見たいんです!」
こういう、皆の輪を繋いでくれるこの妹に、何度救われたかわからない。
家族皆で、日食を見た。特段綺麗という訳でもないし、派手な訳でもない。でも、この時間が、たまらなく愛おしかった。もうすぐ王位を継ぐ年齢だというのに、こう思うのは、恥ずかしいことだろうか。
この時は、自分の家族が殺されるなど、夢にも思っていなかった。
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