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日が暮れて、月が煌々とポーラ王国を照らしている。
アントゥスはベッドの中で、何やら胸騒ぎがした。特に理由はない。強いていえば勘だ。血が騒ぐと例えた方が正しいだろうか。
眠れなくなり、窓の外を眺めた。夜は建物の外に出るとほぼ死ぬという。夜棲者と呼ばれる怪物が、夜に徘徊しているのだ。
その怪物たちを狩るのが、月虹の騎士団という組織だ。元々自警団の類だったらしいが、その実績から国に認められ、その活動の支援を受けているらしい。鍛え上げられた剣士たちが、夜な夜な国内に侵入した夜棲者を狩る。
この国にも、月虹の騎士団の支部がある。こんな小さな国に、夜棲者など入って来ぬと思うが。
ガラスの割れる音がする。人々の声も聞こえた。何だ?
「アントゥス王子!」
自分の従者であるフィントーが、真っ青な顔でそう叫んだ。
「どうした。何やら騒がしいが」
「クーデターです! 武装した民衆と、月虹の騎士団が攻め込んで来ています!」
「何だと」
アントゥスは枕元にある代々王家に伝わるサーベルを握ると、部屋を飛び出した。まず近くのアンリエットの部屋へ向かう。その道中で、母とアンリエットがオロオロとしていた。
「ああ、アントゥス」
母は自分を見て安心したのか、安堵の吐息を漏らす。が、すぐに表情は引きつった。妹のアンリエットは気に入りの人形、アンリーヌを抱えていた。
「大体わかっています。父上は?」
「まだ部屋に……」
最後まで聞かず、アントゥスは王の間まで走った。
「父上! 逃げなければ!」
「アントゥスか……」
ポーラ王は灯りを消し、月夜を眺めていた。
「何をされているんですか。早く逃げなければ……」
「お前には、最期に伝えねばならぬことがある」
「は?」
アントゥスは震える手を抑えながら、父の姿を凝視していた。
「我が血族は、呪われておるのだ」
「こんな時に何を……」
「それだけだ。お前は逃げろ」
聞く耳を持たない。それなら力づくで、とアントゥスは父の腕を掴んだ。
が、次の瞬間、自分は廊下の壁に張り付いていた。四肢には、赤い液体がまとわりつき、動かせない。
「これが呪われた血の力だ。わかったか?」
父の腕は血で真っ赤に染まっていた。血を飛ばし、操っているのだろうか。
「わかりましたが……」
「きゃあああ!!」
女性の甲高い声が聞こえる。もう、そこまで来ているのか。
「行け!」
父の真っ直ぐな瞳に、首を横に振ることもできず、アントゥスは走った。母と妹が危ない。
元の場所へ戻ったが、騎士団員が数名いる。ここからは逃げたらしい。
アントゥスは外へ出るため、図書室へ入り、部屋の端の壁を押すと、レバーが現れた。それを引くと、本棚が扉のように開く。この仕掛けは子供の頃から知っていた。図書室へはよく来ていたのだ。
そこから外へ出る。城の正門から真裏に続くので、逃げるのには最適だ。裏は森になっていた。
「やめて! 私は好きにしなさい。でも、子供たちに危害を加えるというのなら、私が許しません!」
母の声だ。西の方から聞こえる。アントゥスはその方へ走った。
城壁の角を曲がると、人だかりがある。その中心には、母と妹がいた。そして、国民たちが銃を構え、剣を持った者が剣を高々と天へ伸ばした。
「やめろ」
アントゥスは全身を駆け巡る寒気も気にせず、サーベルを抜いて走った。
「やめろー!!」
重い撃鉄が雷管を叩く音が幾重にも重なって、ポーラ王国の夜に響いた。その音とともに、母と妹は血を撒き散らし、倒れた。
アントゥスは一瞬、理解が追いつかなかった。だが、1秒と経たずに、無から激情へ感情が飛んだ。
「うわあああ!!」
アントゥスは絶叫した。怒りでも、絶望でもない。寒色の絵の具が水の中に撒かれたような強烈な感情は、我を忘れさせるには十分だった。
「あ、班長、アントゥス王子です!」
班長と呼ばれた髭を立派に生やした男は、後ろから迫ってくるアントゥスを視認すると、「弾は篭めたか?」と尋ねた。
「はい!」
「撃て!」
凄まじい弾幕がアントゥスを襲う。その全てが命中した。
「ちょろいもんですね」
「所詮は王子だ。我々のように鍛え上げられた者たちに比べれば、どうということも……」
男はふと隣の男を見ると、その男の首から、血が吹き出していた。
男は、ハッと仲間の方を見ると、全員、首、心臓いずれかから血を吹き出し、倒れていった。
「お前が殺したのか」
アントゥスは血に塗れた顔を拭うと、男にそう尋ねた。男は血の気が引いた。確かに全弾命中したはずだ。無傷などありえない。
「くそ、めんどくせぇな!」
それが男の最期の言葉だった。男は抜剣する前に手首を両断、喉笛にサーベルを突き刺され、絶命した。
アントゥスはサーベルを抜くと、識別がもうできない母と妹の死体を抱き上げ、泣いた。最後まで、素直になれなかった。最後まで、溝を感じたままだった。
「母さん……アンリエット……」
アントゥスはふと、アンリエットが持っていた人形を拾い上げた。奇跡的に、傷一つついていなかった。
アントゥスはそれを懐にしまうと、死体を持ち上げ、森の方へ持っていった。そして、手で土を掘ると、2人を入れた。
「窮屈だけど、我慢しておくれ」
埋め終わると、城から爆発音が聞こえた。父も死んだのだろう。そう直感した。
アントゥスは力なく立ち上がると、森の奥へ、消えていった。
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