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田村は短くなった煙草を吹かすと、もう一度、向かいの席に座る男の顔をまじまじと見つめた。男はもじゃもじゃの髪の毛を掻きむしりながら、佐藤さんと楽しそうに談笑している。
「いやあ、やっぱり変わってないね、みんな。うん。ほんとにそうだ」
男は上機嫌でそう言った。男の豪快な笑い声が、小さな宴会部屋に響く。佐藤さんが、笑顔でそれに相槌をうっている。他の皆も、何とも微笑ましいといった様子である。
自分が忘れているだけなのだろうか。実際、同窓会で会った同級生が、学生時代とあまりにも変わり果てていて、一見誰だか分からない、なんてことはあるかも知れない。しかしこの男のことだけは、本当に思い出せないのだ。
「おい田村、何ぼーっとしてんだ?」
隣に座る親友の小嶋が、話しかけてきた。手には缶ビールを持っている。どうやら中々酔っているようだ。
「いや、ちょっと酔い過ぎたみたいでね。今喋ってる男が誰だかも分かんねえ」
田村は少しふざけた口調で、さり気なく男のことを聞き出そうとした。すると小嶋は笑い声を上げて、男に言った。
「おい、お前田村に忘れられてるぞ!自己紹介してやれ」
男は真っ赤になった顔をこちらに向けると、大声で言う。
「おいおい、しっかりしてくれよ!お前とは仲も良かっただろう。そうだ、これを見てみな」
そう言うと男は突然ズボンの裾をめくりあげ、机に足を立て、毛だらけの脛を見せつけた。
「ほら、俺がサッカーしてた時に、お前に吹っ飛ばされただろ。そんで、俺が倒れ込んだとこに、陸上の槍投げの槍があったんだ。これがそんときの傷だ。」
男がそう言うので、田村はじっくりと男の足を観察してみた。確かによく見ると、傷跡らしきものが残っている。だが、そんなことがあっただろうか。
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