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毎日五十人くらいの人間が私と対面する。その人間の特性により、怯えた表情を見せる者や私を品定めするようにじろりと見る者、なんの感情も見せず慣れたように座る者。さまざまだ。
だが私はいつでもにっこりと微笑みを浮かべ、対面した相手に腕を出させる。
目標確認。人差し指で二・三度優しく撫でる。次に、目標から十センチ上を飴色のゴムで縛る──この時、私の瞳に光が宿ったことに気づく者はどれくらいいるのだろうか──目標が張りを持って浮き上がる。まるで私に挨拶をしているようだ。
さあ、その瞬間がやってくる。
私は、銀色に光る細い尖りに角度をつけて目標を目指す。
シュッ、と言う小気味良い音が、私だけに聞こえた。薄い皮膚を通り抜けた、そんな音だ。
そして、どくどくどく……生温かく、かつ赤黒い液体が、私の右手の中の採血管に吸引され、その暖かさに恍惚とする。
──最高の瞬間だ
ここで私と対面にいる人間に穏やかな時間が訪れる。これは、どんな特性の対面者とのあいだにも必ず生まれるひとときだ。
全てのスピッツが満たされると、可能な限り静かに尖りを引く。そして再びにっこりと笑い「一分間は良く押さえていて下さいね。お大事に」と、対面者を送り出すのだ。
そう、私は看護師。
今は総合病院の外来処置室に配属され、採血ブースで患者様をお待ちする毎日だ。
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