プロローグ

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 私は幼い頃から血管が大好物だった。私を抱く父の前腕に青筋を立てて走る血管。愛しくて愛しくて、人差し指で何度も撫でていたのをはっきりと覚えている。  看護師になってからはなお、まずは相手の顔より腕を見てしまう癖がある。  だから冬は嫌い。あの美しい青を隠してしまう長袖など消滅すれば良いのに……ああ、でもそうね。下ろした手背に怒張する血管は、確かに乙だ。  ──でも、だからって血管が好きなだけで看護師になったわけじゃない。 「我が生涯を清く過ごし、我が任務を忠実に尽くさんことを。  我はすべて毒あるもの、害あるものを絶ち、悪しき薬を用いることなく、また知りつつこれを勧めざるべし。  我は、我が力の限り我が任務の標準を高くせんことを努むべし」  ナイチンゲール誓子だ。   この名言を残したナイチンゲールに憧れた、尊い意志がちゃんとあるのだから。  とはいえ、看護師が行う処置の中では血管に携わる仕事がやっぱり一番好きだ。 「私、出にくいんです」なんて言われたら、闘志がめらめらと燃える。いや、正しくは「萌える」  そりゃあ、血管を探る時だってある。だって、針を入れた瞬間「うにょっ」と泣いて逃げる血管ちゃんがいるんだもの。  けれどそんな時はひとまず深呼吸。一度縛ったゴムを外して三秒待ったらまたググッと縛り付ける。 「血管(あなた)を逃しはしないわよ」と。  そうすると血管ちゃんは、おずおずとでも私の方へ戻って来てくれるのだから。
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