アイの慟哭

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アイの慟哭

 はっとして顔を上げる。視界クリア、感度良好。  目に見えるのはいつものマンションの一室、そして同じ部屋で寝息を立てている“生みの親”の姿。俺は自分の優秀過ぎるセンサーをやや恨みながらも、ゆっくりと立ち上あった。素早く近くの姿見の前に行き、己の姿をチェックする。  今日は趣味の派手な衣装ではなく、男子高校生程度の少年が着ていておかしくない地味なパーカーの姿だ。生みの親こと、優介(ゆうすけ)は“どうして今日はその服装なんだ”と不思議がられたものだけれど。外にすぐ出て行く可能性が高いとわかっていれば、すぐに動ける格好に着替えるのも当然の流れである。なんせ、自分の容姿はお気に入りの衣装など着ていなくても、非常に目立つものであることに違いはないのだから。あと、本人に自覚はないらしいが、優介の顔も十分イケメンの範疇に入る。イケメン男子高校生(正確には俺は違うんだけど)が二人でダッシュしていたらそれだけで相応に目に付くのだから仕方ない。  ばいばい、と小さく鏡の前で呟く。約一年住んだこの部屋ともいよいよお別れだ。お気に入りの衣装も、思い出のキッチン用品も、家具も、全部ここに置いていくしかないだろう。二人で持って行ける荷物はあまりにも限られている。いくら俺が“襲撃が今日起きる可能性は五割を超える”と知っていたとしてもだ。 「優介、起きろ」  “敵”は既に、1キロ圏内に入っている。内蔵されたセンサーは、彼らが銃やら爆薬やらで完全武装していることをもしっかり把握していた。なんせ、数日前にはもう彼らの組織のデータベースをハッキングして、完璧に情報収集していたのだから。残念ながら優介は“そんなことあるわけない”とあまり信じてはくれていないようだったけれど。 「ん……」  外見上は、俺と同じくらいの年である彼が。うめき声と共に、ゆっくりと寝返りを打つ。そして俺がパーカーの上にコートを着込み、さらに荷造りの準備をしているのを見て目を見開いた。  飛躍した発想が苦手な彼だが、それでも頭の回転はけして鈍くはない。俺の慌てた様子を見て理解したのか、冗談だろう、とその唇が動く。 「冗談だったなら良かったんだけどねえ。……残念だけど、ミライくんの情報は絶対なわけでして」  俺はぽんぽんと、予め準備しておいた彼の普段着と茶色のコートをベッドに投げつける。“敵”は用心しながら動いているので、車といえど移動速度はそう早いものではない。年末で付近の道路が渋滞しているというのもあるだろう。  それでも、奴らがこのマンションにやってくるまで、どう見積もっても三十分は切っている。ちんたらしている余裕はない。 「さっさと着替えて。寝癖ついてるけどそれは諦めてね。……逃げるよ、この部屋から」 「敵は……」 「武装テロ組織“ロンリーウルフ”。国際テロ組織としては小さいところだけど、油断は禁物。……俺と違って、人間の優介は弾丸一発で死んじゃうんだから」  わかりきっていたことだ、いつかこんな日が来るだろうことは。  プログラミングとロボット工学の天才少年である優介が俺を――意思を持ったAI搭載のアンドロイド、ミライを作ったその時から。
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