アイの慟哭

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 ***  人工知能。その研究の歴史は、相当長いものになるだろう。  世界大戦の頃にはもう、その理論は存在していた。AIの研究が学問として確立したのも1956年かそこらの会議がきっかけであったはずである。自力で演算を行い、最適な解を導き出す人工知能。だが、そこに“人間のように感情を持ち、思考できる意思と呼べるもの”を搭載することは至難を極めたと言っていい。人類が産まれてから恐ろしく時間は過ぎているというのに、未だに人間の脳や思考の仕組みには謎が多く、電子の上でそれを再現することは極めて難しかったからである。  その研究を。意思を持つ人工知能と、それを搭載した人間そっくりのロボットを――なんとたったひとりで完成させてしまった時代の寵児がいる。  それが、俺ことミライの生みの親である優介だった。幼くして理系分野において天才的頭脳を発揮し、反面それ以外への感心が極端に薄い子供だった彼は――両親に気味悪がられ、学校からは異端児扱いされて育った。まるで半ば追い出されるような形で彼が一人暮らしをするようになったのも、一種自然な流れではあっただろう。実際彼も、ひとりで自由に研究できる場所が欲しかったわけで、ある意味ウィンウィンではあったようだ(正直家族や環境が優介にした扱いを思うと、俺自身はあまり納得できたものではなかったけれど。優介はそれで満足しているらしい)。  優介が俺を完成させたのは――そして俺が目を覚ましたのは、彼が十六歳の冬のこと。今から約一年前のことである。  彼は見た目もイケメンだし頭もいいしな人物だったが、ことに一人暮らしを健全に行うには足らないものが多すぎた。自己管理能力というやつである。食事も適当、寝る時間も適当。特に研究にのめりこむと、数日平気で徹夜してしまうレベルと来た。ゆえに、目覚めて彼を観察した俺の第一声はこんなもんである。 「おいちょっと!作ってくれたのはすげー有難いけどさ、まずお前風呂入って来いって、でもって飯!その痩せっぷり、絶対ろくなもん食べてないだろ、俺が今から作ってやるから!!」  それ以来俺は、彼の家の家事手伝いロボットのようなポジションに収まってしまった。プログラマーとシステムエンジニアとして仕事をする傍ら、うっかり俺のプログラムのアップデートやら追加機能やらの研究(という名の、実質趣味)に没頭しがちで私生活が疎かになる彼の管理。料理、洗濯、掃除。俺がそれらを管理してから、ゴミ屋敷一歩手前だった一室が滅茶苦茶綺麗に片付くようになったのは言うまでもない。ついでに、栄養状態が酷いことになっていた彼の健康に関しても、である。  どこにも認可を取っていない秘密裏の研究であるし、意思を持った人工知能なんて下手な組織に知られたら悪用されるのは明白である。そもそも、外で一緒に歩いていたら目立つのは間違いない(見かけだけなら人間と大差ないけれど、服を脱げば機械であることなど一目瞭然なのだから)。  ゆえに俺は基本的にマンションの部屋から外に出ることはできないけれど、ネットに繋いで外の世界と交流することはできる。そういう生活を、約一年ばかり続けてきたというわけだった。淋しさや退屈を感じることもあったものの、時間になれば優介が帰ってくることはわかっている。俺からすれば彼は生みの親であり、唯一無二の家族だった。元々モデルにされた、彼の元クラスメートの人気者の性格も反映されているのだろうが――俺にとって、世界で一番大事なものが何であるのかなど言うまでもないことである。  だから、生活に不満を持ったことなどなかった。――いつか彼が寿命でこの世界を去り、ひとり取り残される日が来るかもしれないという恐怖を除いては。
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