深海

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深海

 深く深く潜っていく。どこまでも深く。不思議と息は苦しくない。「もっと深く」声が聞こえる。もっと深く潜っていく。海の中の筈だ。底の方に何かがいる。巨大な生物。そこで彼は溺れる。空気のある方へ、上へ上へ急いで、空気を求める。  目を開ける。ステージに髭面の教団の男がいる。周りは彼のように毎日が不安で苦しんで生きている信者だ。空気を吸えてホッとする信者。彼は青柳拓。ここは三度目だった。  私が彼と出会ったのは彼がカルト教団に入った時だった。私は麗(うらら)、新城麗。 新幹線で窓際に座り青柳拓は景色を見るともなしに見ていた。私は隣に座り本を開く。社内販売がきた時に私は彼に声をかけた。 「何か買いますか?」 私が言うと彼はお茶をと言った。その目は空虚で深い闇の中で迷子になっているような目をしていた。多分、この目で私は彼をほっとけなくなったのだ。社内販売とやり取りをして彼がお茶の代金を私に払うと私は行動に出た。 「私は新城麗です、一期一会の出会いを大切にしたいので話しませんか?」 「はぁ、一期一会ですね」 青柳拓ははっきり言うと目が死んでいる。 歳はそんなに離れていないだろう。顔も悪くない。やはり目が不安や恐怖を滲ませていた。 「青柳拓です」 そう言って彼はお茶を飲む。 青柳拓を救わなければ、という不思議な感覚になる。 「お仕事ですか?」 私は聞いた。 「プライベートかな、宗教関係なんですよ」 青柳拓は言った。そこで思い出したのは友人の彼氏のことだ。最近よく入信する男性が多いという深森教団なる宗教だ。友人の彼氏は日に日に生気を失い、発狂した。なにやら薬を飲ませられているという噂もある。最終的には友人の彼氏のように自殺するか刑務所にいく。もしかしたらという思いがした。 「深森教団とか?」 私は言ってみた。 「ご存じでしたか、そうです、ちょっと遠くで集まりがあるのです」 さて、困った。行かせてはダメ。 「私の友人の彼氏が深森教でした」 私は言った。 「そうなんですか、その彼氏は?」 「自殺しました」 「···自殺ですか。実は何人も発狂したり自殺したりしてるんですよね」 「知ってるんですか?」 私は驚いた。 「カルト教団じゃないのか疑ってます」 「カルト教団ですよ」  深く深く潜っていく。どこまでも深く。闇の中へ。もっと深く。そこに光が射した。眩しくて目を開けていられない。スッと持ち上げられる。空があらわれる。太陽が照らす。身体が軽くなり幸福感に包まれた。助かった。と彼は思う。 救世主の名は新城麗。
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