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眼が覚めると、そこは真っ白な空間だった。ぐるっと周りを見渡しても、どこまでも白が続いている。足元も白なので、まるで自分が宙に浮いているような感覚に陥る。しかし、そんな異様な空間にも関わらず、俺の心は落ち着いていた。
「ようこそ」
声がしたので振り向くと、そこには見知らぬ一人の男が立っていた。見た目からすると二十代後半、俺より少し上くらいだろうか。
「いやあ、会えて良かったよ。うれしいなあ」
男は馴れ馴れしい口調で言う。ゆっくりとした足取りでこちらに近づいてくる。
「お前は誰だよ」
俺が言うと、男はきょとんとした顔をする。
「僕? 僕は、えっと、はじめだよ」
「名前を聞いてんじゃねえよ。お前はいったい何者なんだ、そしてここはどこだ」
すると彼は口を閉じ、黙り込む。そう言えばこいつ、誰かに似ている。誰だろうかと必死に記憶を探るが、思い出せない。
「ここがどこか、それは君が一番よく分かってるんじゃないの」
はじめのまっすぐな目が、俺の体を貫く。その瞬間、脳の奥に仕舞われていた記憶が、頭の中を巡る。
ビルの階段をのぼる自分、誰もいない真っ暗な屋上、靴を脱ぎ手摺りに足を掛ける、そして、はるか下の地面へと飛び降りた。
そうだ。俺は、死んだんだ。
「天国、か」
俺が聞くと、彼は首を横に振る。
「じゃあ地獄か」
また彼は首を振る。
「それじゃあ……」
「ここはあの世とこの世の中間地点」
はじめは人差し指をぴんと立てる。
「中間地点?」
「そう。君はまだ死んでいないんだ。ここで死ぬか生きるか、選ぶことができるんだ」
「選ぶ……」
こんなバカな話があるのだろうか。しかし、そうであっても答えは決まっているじゃないか。
「俺は死ぬために死んだんだ。選ぶも何も、俺はあの世に行く」
「ふーん。そっか。でもその前に、この世を見てみたいと思わない」
「この世を見る?」
「うん。どうせ死ぬなら、君がいなくなった世界がどうなったかを見るのも悪くないだろう。それから死ぬか生きるか選んでも遅くはないよ」
俺は言うべき言葉が見つからず、ただ黙っていた。
「怖いの?」
彼が意地悪い笑みを見せながら言う。
「怖いわけあるかよ」
「じゃあ、決まりだね。後ろに大きな扉があるだろ」
振り向くと、いつの間にか大きな木製の扉が現れていた。
「それをくぐれば、この世を少しの間だけ見ることができる」
扉に近づき、そっと手を触れる。ひんやりとした木の感触が伝わってきた。
「言っておくが、何を見ても俺の気は変わらないからな」
はじめに向かって言ったが、彼は口を閉じ、じっとこちらを見つめているだけだった。
「それじゃあ、行くぞ」
手で押すと、扉がゆっくりと開いた。まぶしい光が飛び込み、思わず目を閉じた。
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