怨念のメリークリスマス

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怨念のメリークリスマス

神埼恭哉は布ゴミの日に大量のマフラーやセーターを入れた、45Lのゴミ袋を抱えて自宅近くのゴミステーションへ行き、忌々しそうにゴミ袋を置いた。 私立仙長水学園高等部二年の神埼は、学校一番、いやこのM県中央部で一番のモテ男と言っても過言ではない。 東京からやってきたスカウトマンに何度も何度も声を掛けられた。モデル、俳優、アイドル、シンガーソングライター、それぞれ強い業種が違うものの、大きな芸能事務所のスカウトマンの名刺を、二十枚ほど持っている。 身長185cm、体重66kg、天然の焦げ茶色の髪に、切れ長の瞳、高い位置にあるウエスト、長い足。バスケットボールのスタメン。彼の通う私立仙長水学園は特別進学コースがあり、有名大学へと何人も合格者を輩出している。 もちろん神埼恭哉も特別進学コースだ。特別進学コースは、成績が一定以下に落ちると、部活動は強制的に禁止。しかし彼は、文武両道、成績も進学コースで一番、バスケ部でもスタメン。 そんな彼が今年最後の資源ゴミの日に、珍しく自分でゴミ捨てに行ったのには訳がある。 母親から、 「自分のゴミくらい自分で捨てなさい」 雷を落とされた。 物心ついた頃から彼はモテていた。幼稚園のバレンタインでクラス全員の女子からチョコを貰い、恭哉の母はお返しの準備に奔走。 恭哉が自分で判断出来るまで、女子からの贈り物のお返し選びは全て母の仕事だった。 小学校高学年にもなると、恭哉は自分でお返しを用意するようになり、お返しを渡す子には相当な気遣いをして、返さないと決めた子には冷淡な態度を取った。 モテ男の鉄板とも言うべきか、中学に上がると教育実習の先生に次々内密にと口止めされて、誘いの声を掛けられた。 恭哉は自分がモテる自覚があったので、一番美人で肉感的な教育実習の先生を初体験の相手に選んだ。 十四歳の恭哉にとって七歳上の美人は刺激的。だが彼は全てにおいて物怖じしなかった。経験済みの二十一歳の年上の女性が恭哉に翻弄される。 本当は何も知らない自分をおくびにも出さず、余裕たっぷりの演技を彼はやり通した。 バレて大問題になる前に、教育実習生と上手く別れてからは、美しさ、知性、愛嬌、全てを揃えた女を厳選して彼女にしてきた。 どんなに素っ頓狂な顔の女子でも、まずは痩せろと言いたくなる横幅の女子でも、彼は断り方だけは優しかった。 「ごめんね…」 眉を下げるその姿は、学生服よりも平安絵巻に出てくる公家の衣装が似合いそうな上品さ。 しかし彼は、男友達にはしっかり毒を吐いていた。 「ブスとかデブとかありえねー」 友だちも恭哉に似てリア充ばかりなので、 「それな。フラれるのわかっててイベント化してんだよ。クリスマスやバレンタインにプレゼントをあげる相手がいない。だったらダメ元で一番カッコいい奴に渡しちゃえって」 誰かが分析すれば、他の誰かが、 「だよな。で、もう少し頭の回るヤツだと恭哉じゃなくて、俺たちに渡してくる。二番人気や三番人気を狙えばワンチャンあると思ってんだろ?頭が回るって言っても、身の程知らずには変わりない。」 女子の品定めをして囃し立てる。 進学しても、そんな恵まれた(?)友人達に囲まれている恭哉は、圏外の女達から押し付けられたクリスマスプレゼントを、きちっと分別してゴミの日に出している。 ケーキなどの食べ物は可燃ゴミ。 趣味じゃないアクセサリーは不燃ゴミ。 これで最後、布ゴミは資源ゴミの日に出す。 年末の大掃除を終わらせたようなスッキリした気分で神埼恭哉は家に戻った。 修業式が終わって今日から冬休み。部活の練習へ向かおうと、自分の部屋で身支度を整えていた。 念入りに髪をセットして、軽くワックスをつける。鏡を見て髪型を確認していると…。 耳の後ろに、肩より長い恭哉のものとは似ても似つかない、真っ黒な髪の毛が絡み付いていた。 その髪を払い除けようとすると…。 突然鼻と口を、ライムグリーンのマフラーが塞ぎ、宙に浮いたマフラーはまるで意思を持ったかのように、恭哉の鼻と口を塞ごうと、四つ折りになって鼻と口の穴に栓をするようにめり込んでくる。 (く、苦しい、助けて) 恭哉が声にならない声でもがき苦しんでいると、マフラーの編み目から無数の黒い髪がウジ虫のように這い出してくる。 そして、編み目から現れた髪は、恭哉の上まぶたと下まぶたを縫い付けるように鋭く刺さる。ミシンにあるジグザグステッチのように、恭哉の目は縫いつけられてしまった。 今度はマフラーのライムグリーンの毛糸が真っ赤な血で染まる。 鼻と口を塞いで、尚余りある毛糸は血を滴らせながら、恭哉の耳の穴めがけて、にゅるにゅると何本も侵入していく。 房のようになった毛糸の束は、恭哉の内耳を通過し、鼓膜を突き破る。 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、全てを奪われた恭哉は心で叫ぶ。 (誰か、誰か助けて!母さん!気がついて) 心の叫びは階下でワイドショーを見ている、恭哉の母には通じなかった。 身動きを取りたくても、金縛りにあって恭哉は動けない。 何も見えないはずの恭哉の目に、何かが写る。それは、恭哉が見下していた、たくさんの女性の醜い顔だった。 「よくも馬鹿にしたな」 「髪の毛を縫い込んだら両思いになれるって信じてたのに」 「海老茶色の毛糸にこっそり血を滲ませると惚れ薬になるから」 醜いのは顔の作りより、怨嗟の心だった。 しかし、さも誠実そうなフリをしていて、彼女達を見下していた恭哉の顔は、その造形に相応しくない、とてつもない醜さだった。 それに彼は気づいていただろうか? 恭哉に残された唯一の感覚、触覚。 それすらも今は塞がれようとしている。 おびただしい数の、マフラー、セーターが、静電気で吸い付く埃のように、彼をめがけて張りついていく。まるで特大のみの虫のようだ。彼はマフラーやセーターの色とりどりの毛糸で作った、パッチワークのみのに埋もれていく。 手編みのマフラーやセーターが、まるでそれを作った女の子の生き霊のように、愛しい恭哉に、ピタリ、ピタリと隙間なく我も我もと張りつき、そして、彼を思う心がよほど強いのか、彼の皮膚を破り、肉を切り裂き、骨に絡まるように侵食していく。 バラバラになった彼の肉片や血飛沫を、一欠片、一滴も残さないように、マフラーやセーターの毛糸が吸い上げる。 そして、彼の肉体が跡形もなく消えたそのとき、おびただしい数のマフラーやセーターも、じゅわっと肉が焦げるような音と共に、消え去った。 12月25日、クリスマス当日。 神埼恭哉は、消えた。 何も知らない家族は家出か事件に巻き込まれたと考えて、警察に捜索願を出した。 しかし彼は見つからない。 死体を残すこともなく死んだ。 神埼恭哉の母は自慢の息子が行方不明になり、憔悴しきっていた。しかし、いつか恭哉は帰ってくるはず。 そう信じて、年が明けてから二週間もして、やっと家事をする気になった。 恭哉がいつ帰ってきてもいいように掃除機を丁寧にかける。 しかし、プスン、ガガーと異音を立てて掃除機は途中で止まった。恭哉の母はゴミが溜まっただけだろうと、ベランダに出て掃除機のダストカバーを外す。 すると、遊園地のパレードやコンサートホールで舞うような、色とりどりの「何か」の吹雪が舞った。綿毛のようなそれに恭哉の母は見とれていた。 「きれいねぇ…」 帰ってこない息子を案じつつも、その幻想的な風景に見とれていた。吹雪のようなそれは、手編みのマフラーやセーターに使われた、毛糸の屑だが、鈍い恭哉の母は気がつかない。 そして、掃除機のダストボックスには、ステンレスたわしのように丸まった大量の髪の毛が残されていた。 恭哉の母は憔悴しきっていてぼんやりしていたので、その異様さに気がつかない。 「掃除機のゴミ取りサボってたから」 ダストボックスのゴミをビニール袋に捨てる。ダストボックスの後ろの蛇腹織りのフィルターを、掃除機についたブラシでゴミを取り除こうとする。 すると、埃に紛れて乾いて固まった血がびっしりと落ちてきた。 「なんなの、これ!」 恭哉の母は卒倒した。 それから恭哉の母は、何かに取り憑かれたようにうわ言ばかり言うようになってしまった。 恭哉の父と弟は、恭哉が行方不明になったせいで、母は心のバランスを崩したのだと判断した。 しかし…。 恭哉の母はずっと一人うわ言のように、謝り続けていた。 「ごめんなさい、あなたたちを内心馬鹿にしてました」 「恭哉がモテるのは顔が私に似てるからだと、自惚れてました、ごめんなさい」 見えない何かに向かって謝り続けている。 マフラーやセーターを編んで渡した、イベント気分の女の子達は美形少年の行方不明を心配しつつも、無邪気にコロコロと笑っていた。 しかし、イベント気分を装って本命狙いでフラれた子達の多くは、内心ざまあみろと思っていた。 「モテるからって調子に乗りすぎて、女に恨まれて刺されて死んだんだよ」 「今頃海に沈んでたりして!」 「いや、山に埋められてる」 「裏社会の女を引っ掛けて、臓器バラされて売られたんじゃない?」 本命狙いでフラれた女の子たちは辛辣に彼の悪口で盛り上がっている。 女の情念、執念、怨念ほど怖いものがこの世にあるだろうか? あなたも気をつけた方がいい。 手編みのマフラーやセーターを捨てると…。 ほら、あなたの鼻と口を塞ぎ、鼻や耳に毛糸が…。張り付くだけでは飽きたらず、皮を切り裂き、肉を抉り、骨まで砕いてから、血の一滴、骨一欠片も残さず、その毛糸と編み込まれた女の髪が吸い上げるんですよ。 どうか手編みのマフラーやセーターを捨てるときは、お気をつけて。
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