ブルックリン

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 灰色の男は、手袋を外しながら、言った。 「メリークリスマス、アイザック」 「クリスマス?そんなものは知らんよ」  店主は、かけていた銀縁の丸眼鏡をはずして、灰色の男に言った。 「しばらくごぶさただったな。どこに行ってたんだ?」  やせた男はハンガーを探してきょろきょろ店のなかを見渡したが、あきらめてカートの持ち手に灰色のコートを引っ掛けた。 「ああ、パリに行っていた。ジャヴィッタ・パリ!ボン・ソワール!ジュブドレ・アンカフェ・シルヴプレ!オー・シャンゼリゼ!」  アイザックは表情ひとつ変えず、男に椅子を勧めた。 「わかったよ。ずいぶん、帰ってきたもんだな」 「ウィ?」 「で、何しに来たんだ。まさか土産話だけじゃないだろう?」 「もちろん」  やせた男は、カートの黒いケースをポンとたたくと、苦労してロープを解いた。 「そこに置いていいか?」  部屋の真ん中には、作業台のようなテーブルがひとつ。上には古めかしい置時計、アール・デコの額縁、銀製のカトラリーや日本の陶器の皿などが雑然と置かれていた。 「ああ」  店主はひとこと答えた。
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