ブルックリン

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 やせた男は、店主がテーブルの上を片付けるのを期待してしばらく待っていたが、彼が動こうとしないので、適当にガラクタを隅に寄せてスペースを作った。  男は、黒い台形のケースから、ずいぶんと重たげな中身を取り出した。店主はケースの形から、アンティークのレジスターかタイプライターだろうと想像し、まったく興味を示さなかった。  さんざん苦労して、テーブルの上にケースの中身を置くと、ぶーっという音がした。店主はようやく顔を上げ、それを見た。  それは、アコーディオンだった。 「ほう?」 店主は丸眼鏡をかけ直し、アコーディオンをじっと見つめた。 「フランス製か?」 やせた男は、ボディーに彫られたロゴを指で撫でた。 「“ピエールマリア”だ。リヨンで手に入れた」 「どっちのリヨンだ?」 「パリだよ」 「いい楽器だな。音は出るのか?」 「あたりまえだ。音は出るさ。先週も同じことを聞かれたよ」  やせた男は椅子を引くと、アコーディオンのベルトに腕を通し、座って膝に乗せた。 「聞かれた?こっちで他の誰かに見せたのか?」 「いや」 「じゃあ、どこで?」 「シャルル・ド・ゴール」 「空港で?」  やせた男は、ゆっくりと蛇腹を開くと、Aマイナーの悲しげなワルツを弾きはじめた。
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