第二話 ヒモ男な元勇者と恋愛に悩む町娘

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第二話 ヒモ男な元勇者と恋愛に悩む町娘

王城を囲む壁の、四方に設置されている見張り塔。その鐘が鳴り響く。上手くタイミングをずらして鳴らすことで、四つの鐘が音楽を奏でていた。  ひさびさに聞いた音色を懐かしみながら、俺ガイ・フリードマンはレンガ造りの街を歩く。王都は今、新王即位の準備へ向けて大忙しだ  そのレンガ造りの街並みには珍しい木造建築の建物、魔女のアイテムショップへ着いた。  雰囲気を出すために、わざわざ木造にしたようだが、その目論見は成功したようで、中々繁盛しているらしい。  扉を開くと、数人の客が店内を見て回っている。  魔女のアイテムショップという名前のくせに、怪しい魔法薬を取り扱っているわけでなく、魔法よってさまざまな効果が作られた小物がメインだ。グラスの中を影が動きまわっているコップや、魔力の塊である魔水晶を使った小物など。カップルや家族に人気がある。  もちろん怪しい薬も売っているようだが。 「いらっしゃい、ガイ。他の皆は奥にいるわよ。ここにいる人がはけたら私も参加するわ」  ここの店主。怪しい魔女のルル。くせっけの長い赤髪と尖った耳が特徴的なエルフの女だ。女性特有の色香もあり、普段から来ている黒いローブの上からも分かる豊満な体付きをもっている。 ……一緒に旅する時、何度眼福と思ったやら。 「もう、また変なこと考えてるわね。奥さんに言いつけるわよ。新婚早々離婚しなさい」 「いや、悪かった。すまなかった。まだ結婚してないが、あの子に変なことを言うのは止めてくれ」  俺は素直に謝って、逃げるように店の奥へと続く扉を開ける。廊下を少し進むと、もう一枚扉があり、そこに入ると広いリビングルームになっていた。  そこには長方形のテーブルがあり、そこを囲むように人が座っている。  幼い子供と、少女。そして、映像魔法によって表示されている青年。 「よう、ルカ、マオ。そして我らが王レイオ・ヒューマニクスよ」  ふざけてかしこまった礼を、映像に写る青年にする。さらっと流れる金髪の青年は、整った顔を苦笑させる。 『ここでまでよしてくれよ、ガイ。普段はともかく、ここで話すときは親友として接したい。王都の騎士団長の君と、王の僕ではなく、一人の人間としてね』 「もちろんだ」 「ガイさんっていつもそんな適当な感じ。誰かさんと一緒だともっと拍車がかかるから困っちゃう」  明るいオレンジ色の髪をツインテールにしている華奢な少女、ルカが全くーと呆れるようなそぶりを見せる。 「一番のいたずらっ子がなにを言ってるやら。マオからも言ってやれ」 「マオはいたずらされたことないからきにならないかなぁ」  長い黒髪の少女、普通の人とは違う一本の角が生えたその子は、舌足らずな返事をする。 「……リールは?」 『まだ……二階に籠ったきりみたいだよ』  このアイテムショップは、一階は店とリビングに別れていて、二階、三階は居住スペースと怪しいアイテム製造所や在庫置き場になっている。  その一室にリール・セイヴァーという金髪のボブカットの可愛い女の子が引きこもっているのだ。 「変わらず、か。……一か月経とうが、兄貴が行方不明なんだ。仕方ないよな……」  俺はどかっと椅子に座って大きくため息をついた。 「……マオ、アイツの存在はまだ感じられるのか」 「うん。ずっと分かるよ。どこにいるかは分からないけど、生きてるのはわかる」 マオは、俺の目を見てこくんと頷く。この子が嘘をつく理由はない。 『二週間くらいなら、きっと傷が癒えてないからとかと思ったけど……もっとひどい状態なのかもしれない。生きているのなら、どこかで保護されてはいるけど、意識が不明とか』 「そんな、悲しい想定はやめようよ! いつもいい方向に考えてきたじゃない! きっと……そう、お兄さんの事だから変に英雄とか勇者とか、ちやほやされたくなかったんだよ! だって魔物を殺すのも誰かを殺すのも……ずっと悩んでたじゃない。全部、自分一人で背負うとして……世界を救っても、その分の罪を誇れないんだよ……」 「……かも、しれないな」  俺は、あいつの事を思い出しながら、頷く。  あいつは、俺より細いのに、俺より強い男だった。力だけじゃなく、見ているモノが……いや、なにをするべきか分かっていた。  強いかどうかよりも、自分の力をなんのために使うかを知っていた。そして、それを実行している男だ。  ふざけた態度も、人一倍お人よしなのも、全部誰かのためだった。  そいつが……そんな誰かのためにしか動けない男が、今、自分のために動いているのだとしたら……俺は、あいつを無理矢理、誰かのためにって戦場に立たせられるか? 『彼をどうこうするかは置いておいて……リールさんのためにも取りあえず、居場所は掴んでもいいかもしれないね。勇者が行方不明と公には言えないから、騎士団に命令は出せないけど……』 「取りあえず、俺は動いていいか? 休暇ってことでさ」 『ああ、構わない。ただ、ある程度は検討を付けないとね』  がちゃっと扉が開き、ルルが入ってくる。 「それなら、魔王の城の付近の街を調べるのが早いと思う。そこかららせん状に探していくの。大きな街に保護、もしくは隠居してるなら、どこかで見つかるはずよ」 『……今までは、死にかけてるのかどうか解らなかったから、手を出せなかったけど、その方法で探して見よう。僕は離れなれないけど……皆に頼んでもいいかな?』 「任せとけ王さま。この騎士団長が探してくるよ」 「うん、あたしも行く」 「マオもついていくよ。もしかしたら、近づけばわかるかもしれないから」  ルカとマオも立候補した。 「……私は残る。リールが心配だから。あの子が元気になったら追いかけるから、居場所は逐一知らせるか、魔力は辿れるようにしておくのよ」  ルルは、難しい顔をして、そう俺たちに言ってくる。この女は、誰よりも仲間思いなのだ。不器用だから表現の仕方が下手だが。そんな女性に、仲間意識を持たせたのも、あいつだったのに。 「……さっさと見つけて、みんなで説教して、リールの前で土下座させないとな。あのバカ野郎を。俺は、あいつの魔王城での最後の行動は、今でも納得してないんだからな」 「……マオをいかしたこと?」 「いや、そっちじゃない……それは納得してるし、あいつらしい選択だと思う。……俺が怒ってるのは最後の無茶な魔法だよ。俺たちも瀕死だったがあいつの方がやばいっていうのに」  ……あいつとあった最後の場面を思い出す。  空に浮かぶ魔王城が崩れるとき、屋上の大広間で、あいつは致命傷を負いながらも、 俺たちに守護魔法と浮遊の魔法をかけた。  一番万能に魔法の使えるのは、あいつだ。だけど、なんでも一人で背負いすぎた。 魔力が足りないからか、自分一人だけ、その魔法の対象外で……魔王城のがれきの中に消えて行った。  ……今でも腹が立つ。俺たちを頼れと。仲間なんだから、全部背負い込むなと。  何度も決闘して、喧嘩して、一緒に戦って親友って呼べるようになったんだから、ここでも頼れよ。 「……見つけたら一発分殴ってやるからな。イルシオン……!」 「イルさん、朝食できましたよ。起きてください」  甘く高い声が、眠りに落ちていたオレを覚醒させる。まどろみから、心地よく目覚める。 「ふわぁ……おはよう、エリンちゃん」 「はい、おはようです、イルさん。顔を洗ってくる間に並べて置きますので」  銀に近いプラチナブロンドのショートカットが目の前で揺れる。褐色の肌に映えるきれいなサファイアの瞳がやさしくオレを見つめていた。  ふんわりとほほ笑んで、彼女はオレの部屋を出て行く。……甘い香りがした。  エリンちゃんに言われるまま、オレは洗面台へ行き、顔を洗って、髪も軽く洗って、 熱風魔道具を起動させて乾かす。  魔道具は、大気の中の魔力を、魔道具の中にある結晶が吸ってくれるので、魔法を使えない……魔力が生み出せなくなったオレでも扱える便利な道具だ。  水気をきちんと拭き取って、リビングへ向かう。 「ちょうど、並べ終わったところです」  エプロンをしゅるりと外すエリンちゃんがいた。彼女と木製の椅子に向かい合って座り、食事を始める。 「昨日、八百屋さんで色々サービスしてもらえたので、野菜が新鮮で美味しいはずですよ」 「ああ、しゃきしゃきしてるね。他の料理も美味しいよ。とくにスープがいいねぇ」 「えへへ、ありがとうございますっ」  嬉しそうに笑う彼女を見ながら食事を続ける。パンにサラダ、目玉焼きにスープ。朝食にはちょうどいいメニューだろう。  のんびりとした優しい時間だ。……オレとエリンちゃんはただの同居人だけど、一緒に住み始めてから3週間で、兄妹……いやちょっとした新婚みたいに仲良く暮らせている。  冷たいお茶をいっぱい呑んで落ち着いた頃、「そろそろお仕事行かなきゃ。いってきますとエリンちゃんがバッグを持って、実家の病院へ向かった。  いってらっしゃーいと見送って、夏のような暖かい気候の街でも、風通しが良くて涼しいこの家で思う。 「オレ、ヒモ男になってない……?」  実際問題、金銭でいうならオレがエリンちゃんを養っているといえなくはない。  家は、老夫婦が息子夫婦ために引き払った家らしくて、家具も残ったままだいぶ安くオレが買ったし、食費も大部分はオレがヒュム(この大陸の金銭の単位)を出している。  でもさ……一日中のんびり過ごしていて、同居している女の子は働いているって、世間体も悪いだろうし、オレ自身今更だけど申し訳なくなってきた……。  ちょっと前なら、怪我がっていいわけもできるけど、もう完治しちゃったしな……。  オレ、ずっと魔物やら魔人やら悪人やと戦ってきた……つまり働いてたからなぁ。休むことに慣れてない。  いつだったか妹に「お兄ちゃんはお嫁さんをもらう時、お嫁さんの方がしっかりしていると、絶対働かなくなるから仕事を見つけてからお嫁さんを見つけるべき」とか言われたっけな。  まあエリンちゃんはお嫁さんでも恋人でもないけど。  ……オレとエリンちゃんの関係ってなんだろうな。  同居人、といえばそこまでかもしれないが、その一言で済ませたくないオレがいる。友達ではないし……患者と看護師もあっているちゃあ、あってるんだが……。  このなんとも言えない気持ちを抱えながら、オレは身支度を整えて、仕事を探しに外へ出るのだった。  今日も、手術道具の消毒をしたり、洗濯をしたり、備品の用意をしたりと忙しく働く。回復魔法の使えない私は、患者さんに直接かかわる機会はほとんどないので、こういう雑用を任されることが多い。  回復魔法が使えなくて、ここは私のいていい場所じゃないんじゃないかって悩んでいたけど……今はそれがどうでもよくなるくらい働くのが苦ではない。  ……家に帰ると、イルさんが迎えてくれる。そう思うと、やる気が出てくるのだ。黒い長い髪に、黒い瞳。整ったかっこいい顔の人懐っこい笑顔……。  昔、友達の言っていた「家にイケメンがいれば頑張れるよね。恋人じゃなくても」という気持ち、なのだろうか? 「エリン、調子はどうだ?」  通りがかったお父さんが、私に声をかけてくる。 「うん、調子はいいよ。同居生活も上手くいってる。突然、同居しろ、なんて言われたからびっくりしたけど……楽しい毎日だよ! ますます仕事を頑張ろうって気になっちゃった!」  そう言って、私は洗濯物を抱えて走り出す。  今日の夕飯は、イルさんが当番だ。どんな夕飯を作ってくれるんだろう? イルさんは冒険しているときに色々料理を覚えたようで、すっごく美味しかった。 「……イルさん、これからどうするやら……約束を果たしてくれるといいんだがなぁ……」  お兄さん、まだ仕事見つからないのーっと子供たちにからかわれながら、一緒に港の隣にある高台、その上にある教会へやってきた。 「お仕事探しを神頼みにされるのはどうかと思いますよ……? 女神も呆れられるかと」  この教会のシスターさんのアンジェさんは呆れたようにオレに言う。散歩のたびに教会に来るのでおしゃべりする程度には顔見知りになっていた。  この国には、ヴィクティ教という国教があり、女神ヴィクティというものを祀っている。一応、オレも、入信していることになるのかな。 そこのシスターさんのアンジェさんはきれいな金髪碧眼の女性で、この辺りの人ではないためか肌が白い。シスター服の上から解るくらい女性らしい体をしている。  聞いたことはないが、年齢はオレより少し上だろう。 「前の職業になったのも、失業したのも女神さまのせいみたいなもんなんですけどねぇ……アンジェさん、なんかいい仕事しらないです?」 「女神さまのせいで失業……? それは解らないですが、お仕事なら教会のお手伝いとかありますよ。お給料は出ないのでボランティアですが」 「まあ、お金には困ってないからそれでもいいですけど……具体的にはなにを?」 「お料理、お洗濯、お掃除……」 「……アンジェさんが苦手なことをやれってことですね」  オレはぼそっと一言いって、ステンドグラスに描かれる女神ヴィクティをみる。「違います! そ、それくらいはできます!」という声は無視して。  いつだったか、女神さまが夢に出てきたことがある。きっと、それが冒険にでるきっかけだったのだろう。  今、なにも言ってこないってことは、オレの役目は終わったということでいいのだろうか? もう、戦わなくていいのだろうか……?  教会に来るたびに、不安になってしまう。オレを送りだした女神さまに問いてしまう。  でも、答えは返ってくるはずがなくて……。 「仕方ないから、アンジェさんのお昼ご飯作りますよー」 「ほ、ほんとですか!」  アンジェさんが両手を胸の前で組んで喜ぶ。女神への祈りを人に簡単にしちゃいけないですよ、シスターさん。  子供たちも一緒に食べる! とはしゃぐのでアンジェさんは子供たちの分もお願いしてきた。 「みんなの分、食材はあります?」  答えはでないので、取りあえず目の前にあることを一つ一つこなしながら、のんびり暮らそう。  港になら仕事が溢れているのでは? と言われ、昼食をアンジェさんと食べ終わったあと、港に行ったのだが……仕事は確かに多い。しかし、専門の知識が必要なことばかりなので、若いうちから学んでいないやつには任せられないと、追い出されてしまった。  ふらりと街を歩いていると、宿屋と酒場が一つになっている建物を見つける。しかも、壁に従業員募集のお知らせもある。  酒場や宿屋ならそこまで専門知識はいらないだろう。十八歳で成人済みだし。そう思ってオレは、売り込みに行った。  経営は両親と娘、そこに国からの役員が数人とアルバイトでしているらしい。  宿としても気合いをいれているらしく、一般人もよく泊るとか。 「なるほど。元傭兵なら勝手は解るだろうし、ちょうど男手がほしかったんだ。雑用兼用心棒として、働いてくれないかな?」  この店、デブリーフィングの店主ロナウド・ジェファーソンさんに、そう仕事内容を紹介してもらえた。 「用心棒ですか?」 「そう、用心棒……というか喧嘩の仲裁がかりかな。ここは港町でさらに南西の重要拠点だからね。冒険者、傭兵、海の男に、騎士たち。色んな人がくるから喧嘩が絶えないんだ……。元傭兵ならそれくらいできるね?」 「ええ、ぜひ! 力は結構あるんで、まかせてくださいよー!」  よし、これでヒモ男脱出だ!  なんて、よろこんでいると酔っ払いの男が近づいてくる。 「こんな細いのに用心棒なんて務まるのかよォ。なんなら俺が試してもいいぜ」 「……実力は確かに知りたいな……イルくん、腕相撲で酔っ払いの相手をしてくれないか?」 「それでよければ」  オレは、快諾し、近くに置いてある樽の上に腕を乗せる。相手は自分より身長が高く、横にも大きい。見た目的な重量では相手の方が上だろう。 「大きい方に、千ヒュム!」 「小さい方に百ヒュム!」  そんな風に賭けごとがはじまった。こういうことで楽しめるのは平和な証拠だろう。オレたちが頑張ったかいはあったのだ。  相手の手を握り、大声の中、睨みあう。  なんか、こういうのって平和でいいなぁ、と腕に力を込めるのだった。  日が沈み、辺りを夕陽がオレンジに染める。そんな中を私は、軽い足取りで帰る。  今まで、街から病院へ帰っていたのに、病院から街へ帰るのだけはいまだに慣れないなぁ。  オレンジ色に染まった白いキャンパスの街の細い道を何度か曲がると、大通りに出る。 「おかえり、エリンちゃん」  その大通りは、あの日、イルさんと一緒に夕陽を眺めた場所で……そこにイルさんが立っていた。 「ただいまです、イルさん」  時々、イルさんが出迎えてくれる。そのたまにがすっごく嬉しくて……いないとちょっぴりさびしくなる。  私は、イルさんのことをどう思っていて……イルさんにとっての私って何なんだろうなぁ……。  イルさんの手には大きな袋があった。買い物してきたのだろうか? まだ食品はあるはずなのに……? 「ああ、これが気になる? まあ、気になっちゃうよなぁ。今日はちょっとしたごちそうにしようと思ってさぁ」  えっへっへ、とイタズラを考える子供のような笑顔をイルさんは浮かべた。 「ごちそう、ということはなにかいいことでも?」 「仕事がきまったんだ。これからオレも働くよ、この街で」 「お仕事、探してたんですね。お金がいっぱいあるので、のんびりされるのかなぁって思ってました!」  ちょっとびっくりしてしまった。ずっと、イルさんはのんびりしていていいのに。詳しいことを聞いたことはないけど、今まで頑張ってきたみたいだから。 「荷物、持ちますよ?」 「いや、重いし任せてよー」 「……じゃあ、半分ずつ持ちましょう?」  そういって、私は彼のもつ袋の持ち手の片側を持つ。……彼と二人で歩いていると、兄や妹……そんな親しい関係のような、暖かい気持ちになる。  私と彼の関係は、なんていえばいいのだろう? 「エリン・ピース!」  突然、背後から大きな声で、私の名前を叫ばれる。聞き覚えがあった。彼の大きな声は、苦手だった。  私は、取っ手をイルさんに返して振り向く。 「え、えっと、こんばんは……ダグラスさん……」  騎士の鎧を纏っている男。ジュリアス・ダグラスさん。中等部まで学校が一緒の男の人。茶髪の男性にしては長い髪に、中肉中背な体付き。青い目が特徴的だと思う。白い肌なのでルーツはたぶんこの辺りではない。かっこいい方の顔つきではあると思うけど……私はぴんとこなかった。  一年前に騎士になって……私に告白してきた人。 「あれから、一か月も経ったが……考え直してくれただろうか? それと、その男はどちらさまで? 親戚の人か何かかな?」 「その、例のお話しは断りした、はずですよ……あと、イルさんはその……」 「……同居人のイルです。エリンちゃん、この人は?」 「元同級生のジュリアス・ダグラスさんです……」 「いつか彼氏になる男ですよ、お兄さん!」 「な、なりません! 断ったじゃないですか……!」  この人は基本的にいい人だ。だけど……そこそこいい家庭で失敗もなく育っているからか、自分のわがままが何でも通ると思っている人だ。イルさんに勘違いされたくないな。  ……なんで、勘違いされたくないんだろう? 「エリンちゃん、困ってるし、そういう物言い止めてあげてよー」 「一度ふられたからって、恋を諦めろっていうんです?」 「……まあ、相手が迷惑してるなら止めた方がいいよな」  イルさんが、さっきまで大人な、余裕のある笑顔だったのに、すっと真顔になる。私のために、怒ってくれてるの……かな? 「いいえ、諦められません。ピース、君は私に魅力を感じないって言っただろ? この一か月、魅力のある男になったはずなんだ! あの日の戦いは後方部隊だったが、この一カ月で魔物を三十匹以上は倒したし、盗賊たちも成敗した! そして私は生きている! 騎士として正義を為し、悪を滅ぼしているんだ! 魅力的な男じゃないか?」  ああ、やっぱり、彼は違う。恋や愛とか、そういう感情を抱かせる相手じゃない。  改めて、私は彼という人物を理解する。確かに彼は正しい人間で、騎士らしい人なんだと思う。だけど……私が選びたいと思うような人じゃない。私に、男の人を選ぶ権利があるかは分からないけど……彼を選びたいとは思えない。  ……この三週間で、イルさんと魔物について話したことを思い出す。魔物は、負の感情から生まれた魔力、魔王の影響がある魔力に汚染された生き物であると。  生き物なのに、食べてしまった人も負の魔力に汚染されるから、殺して食べてあげることができないから、ただ殺すことしかできない生き物であると。彼は……悲しそうに、悔しそうに語っていた。  私が好きになるとしたら……そういう優しくて、どんな命も大切に思える人がいい。そう、イルさんのような……。  ううん……私は――……イルさんが――……。 「君が頑張ってるのは解ったよ。でも、それはエリンちゃんのためにはならない。君の自己満足というかさ……勝手な自慢でしかないんだ。エリンちゃんのために頑張ったかもしれないけど、エリンちゃんのためになることではないんだ」 「いいや、そんなはずはないんです! 私はピースのためになる男です!」  イルさんの優しくたしなめる言葉もダグラスさんには届かないようで……。 「……騎士っていうのは確か決闘で勝った方の言うことを聞かせられるんだったよな。親友が言ってた。強いってことは、礼儀も正義も優しさも身に備えているということで、少なくとも自分より強い人間は、自分よりそれらが備わっている人間だ、ってさ」  声に怒気をはらんでいる気がした。初めてみる、彼の怒った声。いつも優しくて、笑顔で、時々うさんくさいけど、憎めなくて……そんなひとの怒る姿。私のために、怒っている姿。  でも、決闘という手段で訴えさせるのは心苦しかった。  だって、イルさん……誰かを傷つけるのはいやなんでしょ……?  騎士団の間では、決闘はよくあることで、街でも時々見かける。  そんな、よくある日常的な戦いでも、私は……罪悪感を感じてしまった。 「オレが勝ったら、エリンちゃんが迷惑だっていうことは止めてくれ。君が勝ったら……オレは何も言わない」 「……ええ、解りました。ここで、貴方を倒して、ピースに私が魅力的な男であることを証明させていただきましょう!」  荷物の袋を渡されて「ちょっと下がっていてね」と私は少し離れるように指示され素直に従います。  ダグラスさんは腰にある剣を抜き、イルさんは拳を構える。 「……丸腰なのですか」 「相手が丸腰だから手加減したって言いわけにでもしてくれよ」 「では、遠慮なく!」  距離を一気に詰めて、ダグラスさんの剣がイルさんに襲い掛かった。……そういうところが、私が彼を好きになれない理由なんだろう。  それをイルさんは……両手で挟むようにして受け止めた。 「ぐ……! 押すことも引くこともできない……!」  ダグラスさんは力いっぱい動かしているようだけど、剣はイルさんの両手に吸いついたように離れない。 「なあ、この剣って高かったか?」 「き、騎士団の支給品だが……?」 「ならよかった」  イルさんが質問の答えを聞き終えると、ぱきっという音が響いた。その音の元に私は驚くことしかできなかった。 「剣を……素手で折ちゃった……」  折った剣を放り投げて、イルさんは拳をダグラスさんのみぞおちのあたりに叩き込む。ばごっという音がして、ダグラスさんの鎧がへこむ。その攻撃を受けてダグラスさんは後ろへ下がっていく。  続けて胸に一発。お腹に一発、そして段々とその速さはましていき……ガンガンバゴボゴと音を鳴らす。 「ば、げ……ご……ぼ……」 「化物、とか言いたいのかなぁ。ただのレベル差だよ」  ゴンッというひと際大きな音がして、ダグラスさんがその場に崩れた。鎧はベこべこで……きっと下には痣ができているだろう……。 「エリンちゃん、帰ろうか。お仲間が来てるみたいだし、放っておいていいだろうから」 「え、あっはい」  イルさんは私から荷物をひったくると早歩きになって「追いてっちゃうぞー」といつものいたずらな笑顔を浮かべる。  ……その笑顔に、イルさんにあんなことをさせた自分への嫌悪感が溶け、「まってください!」と追いかけるのだった。  夕飯を作りながら、もやもやが収まっていくのを感じる。  戦うのが嫌だ、とかいいながらオレの心は戦闘を求めているのだろうか……喧嘩なんて売らずにのんびり生きていきたいのに。  自己嫌悪だ。結局そういう人間にのんびり生きる資格はないのかもしれない。  でも、どうしてオレはあそこまでモヤモヤしたんだろ……。  エリンちゃんが、ああいう風に扱われるのがいや、というか見ていられなかった。彼女の嫌がる姿は可哀想で……。でもそれだけじゃない。  モヤモヤしたんだ。この感情は一体何なんだろう……。今まで、味わったことのない気持ちで……オレには理解できなかった。  とにかく、美味しいご飯を作ろう。エリンちゃんもその方が喜ぶし。  そう、気持ちを切り替えるのだった。  いつも以上に美味しい夕飯を食べ終えて、ぽつりと、私はダグラスさんとの関係を話しだす。私とあの人の問題に手を差し出してくれたイルさんに。 「彼は、中等部まで同じで……あまり話したことはないけど、顔は知っている人、ぐらいの関係でした。卒業してすぐに、私はお父さんの病院を手伝い始めましたし、彼も騎士になったのであったことはそれっきりなかったんです。でも……あの日、魔王が倒された日、お祭り騒ぎになって……そこでたまたま再会したら、告白、されたんです。……断ったんですけど、しつこく責め寄られて……腕を掴まれて……このままじゃなにかされちゃうんじゃないかって、怖くなって拒絶して……逃げたんです」  一息に全部、イルさんに話してしまう。 「私自身、私にそんな魅力があるとは思えないですが……彼には何も感じななかったんです。恋愛感情に近いものはなにも。でも……あとで振ったことに罪悪感を感じたりとか傷つけたしまったなとか思ってしまって……」 「……そんな風に、自分を傷つけようと思った人まで気を回すのは、エリンちゃんの魅力だと思うよ。医者の娘だからこその、誰にでも与えられる優しい心だ。きっと彼もそんなところを好きになったのかもしれないね」 「そう、なんですかね……?」 「オレは、エリンちゃん、魅力的な女の子だと思うよ? 可愛いし、料理上手だし、優しいし……ちょっとネガティブなところとか、不器用なのも可愛いなぁって」 「ほ、褒めてもなにもでないですよっ。それに可愛くないですから……」 「いや、可愛いよ。エリンちゃんは素敵な女の子だ」  軽薄な笑みから一転、真面目な顔で私の目を見つめて言うのです。 「オレの命を救ってくれた。救うために行動してくれた優しい女の子に、魅力がないわけないよ」  どきどき、と心臓が激しく動き出す。顔が熱くなって……イルさんの顔が見られなくなって……ふいっと顔をそらしてしまう。 「まあ、もうあいつは寄ってこないよ。寄ってきたら、オレがまたどうにかするから。エリンちゃんは、きちんと恋愛をすればいいさ。君みたいな女の子が本気になれば、相手は絶対頷くからさ」  ぽんっと私の頭に手を乗せると「おやすみ」と言って一階の玄関に一番近いイルさんの部屋へ去っていく。  その大きな背中が見えなくなるまで私は見つめた。 「それじゃあ……私が好き、って言ったらイルさんは付き合ってくれますか……?」  ぽつりと、気付いてしまった自分の気持ちを言葉にする。  私とイルさんは、同居人で……イルさんは私にとって初恋の男の人。
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