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変化は、突然に。
少し季節が経って、そろそろみんなが高校受験を意識し始める頃。もちろん早くから意識している同級生もいたけれど、ほとんどは3年生になって、大体の行事に『中学校最後の』という枕詞がつくようになってからで、僕と伊藤さんも例外ではない。
相変わらずゆったりとした時間のなか、ふたりだけの時間を過ごしていた。そうしていられるだけで、僕は満足していた。
“それ”が起きたのは『中学校最後の』運動会が終わったあとのこと。クラスの中心にいる田澤と山本が、「打ち上げをしよう」と提案したのだ。
クラスの誰もが盛り上がって賛成しているなか、僕は別にそんなのどうでもよくて、早く帰って伊藤さんと今日のことをたくさん話したかった。まだそんなことを言うような間柄ではないけれど、女子全体が踊る創作ダンスで、彼女はすごく綺麗に見えた。
普段動いているイメージがなかった伊藤さんだけど、動きもかなりキレがあるように見えたし、あと、体操着姿を見ると……なんというか、スタイルがかなりいいこともわかった。つい見入ってしまったし、他のやつも伊藤さんを見ているんじゃないかと理由もなく焦ったりもした。
そんな思い出じみたものも話したかったし、いつも通りお互いの趣味の話をしたり、それにコツコツ進めている伊藤さんの漫画の続きだって聞いたりしたい。その前に聞いたのはかなり気になる引きだったから、その続きを早く聞きたかったのだ。
だから、打ち上げなんて参加しようとは思わなかった。それでも、クラス全体の『打ち上げをしよう』という盛り上がった空気に水を差す勇気なんて、僕らにあるはずもなかった。
それに、たぶんどこかで、やはり僕もこの運動会が『中学校最後』なんだという妙な感慨にあてられていたのかも知れない。仕方なく……というにはわりと積極的に、参加することに決めたときに少しだけ、心が踊るように感じたのだ。
終わったら、伊藤さんとたっぷり話しながら帰ろう、と思いながら。
打ち上げの最中に何度か女子の方を見たら伊藤さんと目が合ったりして、たぶん伊藤さんは漫画の続きを描きたいんだろうな……とか、なんとなく微笑ましさすら感じていた。
「でさー、あれヤバくなかった?」
「おぉ、めっちゃ揺れてたもんな……やべぇ」
「浅沼は? 誰か見た?」
「え、あぁ、夏沢さんとか?」
「おぉ! 浅沼も見てんじゃん、やっぱエロいな~!」
「そうでもないって……」
隣から聞こえてくる、体操着になったときにしかわからない女子の身体つきのことを無遠慮に話して盛り上がるクラスメイトたちの話に適当に愛想笑いをして、でも時々伊藤さんの体操着姿を思い出してなんとも言えない気持ちが込み上げてきて。
帰り道に、伊藤さんに……。
「あっ、俺さぁ、ずっと言いたかったことあんだよねー!」
打ち上げの雰囲気がダレてきて、そろそろ終わりになりそうなタイミングで口を開いたのは、田澤だった。
「……伊藤」
「……っ、は、はい……」
「俺さ……あの、伊藤のこと好きなんだ。もしよかったら、付き合わない?」
クラスメイトたちの視線がふたりに集まって。
突然田澤に話しかけられて驚いた様子だった伊藤さんの目がますます見開かれたのを、僕は黙って見ていた。
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