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何かが壊れた気がした
…………え。
なんて言った?
今、田澤はなんて言ったんだ? そんな素振り、微塵も見せてなかったじゃないか、まさか、ううん、これは聞き間違いだ。それに、伊藤さんだって……
「え、あの、急になにを……」
「もう、ここで言おうと思ってたんだ。みんなに相談して機会作ってもらって……、その……、」
困った顔をしている伊藤さんと、いつになく歯切れ悪く言葉を続ける田澤。思わず口から、何か言葉が漏れそうになったとき。
「あーっ、田澤やっと言ったの? 長かったなぁ~」
山本が田澤と伊藤さんの会話を聞き付けたことで、僕は口を挟めなくなった。
山本はクラスの女子のリーダー格みたいなところがあって、常に中心にいる。そんな彼女に続けと言わんばかりに、その取り巻きたちも「へぇ、意外!」だとか「でもなんだかんだアリなんじゃない?」だとか、そんな無責任に煽る言葉を投げつけ始める。
それが男子にまで伝播して、「やったじゃん田澤~!」とか「おめでとー!」とか、まるで伊藤さんが頷いたかのように話を進めていく。
もちろん、その場には田澤や山本とは違うグループのクラスメイトだっていたけど、そんなやつらはみんな、我関せずという姿勢でそれぞれ楽しんでいる。楽しみながら、どこか面白がるような視線だけは送ってきていた。見てるなら止めてくれ、だって、ほら、伊藤さんだって困ってるじゃないか……!
だけど、いつまでも伊藤さんが田澤の告白を拒むことはなかった。けど、困っているじゃないか、だって、困った顔をしている……あんなに顔を赤くして、目も泳いで、きっと誰かに助けを求めている、だってこんな空気のなかじゃ……断りにくいに違いないじゃないか!
ちら、と。
伊藤さんが泳がせた視線が、僕と重なった。
「………………っ、」
言葉が詰まって、出てこなくなりそうだ。
だけど、ここで僕が止めないと、伊藤さんは……っ! たぶん彼女を助けられるのは、僕だけだという、半ば使命感みたいなものに駆られて立ち上がったとき。
「おー? 浅沼どったー?」
そんな声が、一種熱狂的にさえなっていた空気を一瞬止めた。たぶん取り巻きたちからしたら、田澤の告白が成功するか否かの瀬戸際――気分的には、テレビでよく見かけるフラッシュモブのようなものなのかも知れない。
確かに、そこで変な動きをしたら、そんなのをテレビで見ていたら「空気読めないなぁ」なんて呆れてしまうかも知れない。……僕は、残酷なことを思っていたのだろうか。だって、いざそんな目を向けられてしまうと、とてもじゃないが何かをしようなんて気になれなくなる。
浅沼どった?
そんな言葉が、重くのし掛かってくる。
余計なことをするなという圧に変わってしまった気がした。いいところなんだから邪魔するなよ……そう言いたいんじゃないか、そう思ってしまう。
そうだ、僕と伊藤さんは別に、そういう関係なんかじゃない、ここで止めに入ってしまったら、たぶん変に思われるだろう、そうなったらきっと、伊藤さんにだって迷惑をかけてしまうかも知れない……そんなのはもっと嫌だ。それなら……だけど……いや、やっぱり……。
「ん、な、なんでも、ない……よ……」
そう答えるしかなかった僕は、伊藤さんの方を見ることなんてとてもできなくて、その少しあと、ひとりで帰ることになった……。
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