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なんだよ、なんだよ。
絵を描いていたら疲れて早く寝てしまったという伊藤さんの言葉が、少なくとも全部が本当ではないのは目の下の隈を見てわかった。何度かあくびを噛み殺していたし、休み時間になると押し掛けてくる田澤と話している内容が、夜中のドラマのことだったり。
……ドラマの話なんてするような子ではなかった。疼く胸の痛みに、呻いてしまいそうだった。
僕にも多少の友達はいる。それでも、話しながら目で追った伊藤さんが漫画のネタを考えている、絵の構図を考えているような姿は、もうなかった。それを見て、どうしてか独りにされたような気になって。
昼休みも、放課後も、ひとり。
ひとりで帰るって、こんなにつまらなかったっけ。連れ立って帰る下級生や小学生の姿を横目に、僕は歯軋りしかできなくて。
そのまま数日。
苦しさに耐えきれなくて、僕はたぶん初めて、伊藤さんに直接「今日一緒に帰ろう」と誘った。登校中にたまたま会えたから、誘えただけだけど。
やっと、伊藤さんと帰れる。
話す内容だって準備した、たぶん絵だって描いてきてくれている、漫画のネタとかもちょっとだけ考えたし、あとラノベの新刊だって出た、他にも、他にも……。
校門で待っていると、遠くから伊藤さんの声が聞こえてきて。
「あ、ごめんね、今日友達と帰るから。誘われちゃって……」
え?
「うん、わかったからそんな顔しないで。じゃ、また夜ね。昨日だけじゃ話し足りなかったし」
なんだよ、今の。
僕と帰るのを、なんでそんなに申し訳なさそうに言うんだよ? それになんだ、今の声? そんな声、僕は一度も……。
「あ、あの、おまたせ……」
小走りで僕のところにやってきた伊藤さんの顔は、少し曇っていて。それに気付かないふりをしながらの道すがら、僕は早速尋ねたんだ。
「あの、伊藤さん……、こないだの続きさ、」
「ごめん、描けてない」
「…………え?」
思わず、声が出た。
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