なんで、なんで。

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なんで、なんで。

「え、なんで?」  夢じゃなかったのか、あんなに楽しそうに描いてて、僕に見せてくれてたのに……。なんでそんなものを蔑ろにできるんだよ? 「だって私たちもう受験生だよ? 一応さ、」  やめろ、そんなのが聞きたいんじゃない。  彼女は変わってしまった。そんなの本当の伊藤(いとう)さんじゃない、戻さなきゃ駄目だ。思い出させてあげないと……! 「た、たとえば、」  どうにか喉から言葉を絞り出す。 「あの展開ならあいつが感情を爆発させてさ、それで……」 「そこまで浮かんでるなら、浅沼(あさぬま)くんが続き考えてよ。もう、時間ないのわかってる?」  ……は。  なんだ、それ?  受験生とか関係ないだろ?  変わったのは、恋人ができたからだろ? 「結局、伊藤さんにとってこれは、ただの時間潰しだったんだね」 「え?」 「リア充になったらもう、漫画とかどうでもよくなったんだろ? そういうことじゃん。田澤(たざわ)に何か言われたのかも知れないけどさぁ、漫画なんてそんなんで捨てられるようなものだったんだね、伊藤さんにとって」 「なに……言ってるの? 秀哉(しゅうや)くんは、関係ないよね。…………わたしのこと、そう見えてたの?」  ははっ、下の名前かよ――なんて言葉は、吹き飛んだ。  そのときの顔を、たぶん僕は忘れない。絶対言ってはいけないことを言ったんだと悟ったときには、もう遅かった。 「どうして……」  悲しそうな顔を残して歩いていく彼女の背中に、投げつけたい言葉はたくさんあった。  知り合ったのは僕の方が早かったじゃないか。  趣味とかだってわかり合えてたのは僕だろう。  僕だって伊藤さんには優しくしてきただろう。  なのに、どうして田澤なんだよ?  僕とあいつの違いは何だよ?  後から顔を出したあいつの方が、どういうところで勝ってたっていうんだよ?  なんでそんな風に、変われるんだよ……?  投げ掛けたい言葉は山ほどあったのに。  予報外れの雨に濡れて帰る道は、あまりにも長かった。去り際に伊藤さんが流していた涙が空に溶けたみたいに重く、苦しくなる雨だった。
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