2人が本棚に入れています
本棚に追加
なんで、なんで。
「え、なんで?」
夢じゃなかったのか、あんなに楽しそうに描いてて、僕に見せてくれてたのに……。なんでそんなものを蔑ろにできるんだよ?
「だって私たちもう受験生だよ? 一応さ、」
やめろ、そんなのが聞きたいんじゃない。
彼女は変わってしまった。そんなの本当の伊藤さんじゃない、戻さなきゃ駄目だ。思い出させてあげないと……!
「た、たとえば、」
どうにか喉から言葉を絞り出す。
「あの展開ならあいつが感情を爆発させてさ、それで……」
「そこまで浮かんでるなら、浅沼くんが続き考えてよ。もう、時間ないのわかってる?」
……は。
なんだ、それ?
受験生とか関係ないだろ?
変わったのは、恋人ができたからだろ?
「結局、伊藤さんにとってこれは、ただの時間潰しだったんだね」
「え?」
「リア充になったらもう、漫画とかどうでもよくなったんだろ? そういうことじゃん。田澤に何か言われたのかも知れないけどさぁ、漫画なんてそんなんで捨てられるようなものだったんだね、伊藤さんにとって」
「なに……言ってるの? 秀哉くんは、関係ないよね。…………わたしのこと、そう見えてたの?」
ははっ、下の名前かよ――なんて言葉は、吹き飛んだ。
そのときの顔を、たぶん僕は忘れない。絶対言ってはいけないことを言ったんだと悟ったときには、もう遅かった。
「どうして……」
悲しそうな顔を残して歩いていく彼女の背中に、投げつけたい言葉はたくさんあった。
知り合ったのは僕の方が早かったじゃないか。
趣味とかだってわかり合えてたのは僕だろう。
僕だって伊藤さんには優しくしてきただろう。
なのに、どうして田澤なんだよ?
僕とあいつの違いは何だよ?
後から顔を出したあいつの方が、どういうところで勝ってたっていうんだよ?
なんでそんな風に、変われるんだよ……?
投げ掛けたい言葉は山ほどあったのに。
予報外れの雨に濡れて帰る道は、あまりにも長かった。去り際に伊藤さんが流していた涙が空に溶けたみたいに重く、苦しくなる雨だった。
最初のコメントを投稿しよう!