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「ど、どうして山縣様のご子息がこんなところに……」
「こんなところとは心外だなぁ。ここは一応、僕の家の敷地内」
早太郎さんは、「ほら」と言ってやや上の方を指し示した。今いる場所からさらに少し丘を上った位置に、あの赤い屋根が見える。
やはりあれは、山縣家の別荘だったのだ。山縣有朋本人は東京にいても、その家族はこの地に滞在しているのだ。ここは私なんかが迷い込んでいい場所じゃない。私は大慌てで、ペコペコと頭を下げた。
「そうとは知らず失礼致しました。私はもう帰りますので……っ!」
「えっ、もう帰っちゃうの?……まあ、でも暗くなるし、仕方ないか。送っていってあげたいところだけど、生憎僕はここを離れられないんだ」
「めめ、滅相もございません!一人で帰れますから、ご心配なさらずに!」
私は慌てて籠を背負った。里芋が数個ごろごろ落ちてしまったのを乱雑に拾い上げると籠に投げ込む。
「そんなに焦らなくても平気だよ。君、名前は?」
「あっ、名前も名乗らず失礼しました。白河……白河屋センでございます」
なんとなく、わざわざ言い直してしまった。けれど、次の瞬間にはもうそんな名乗り方をしたことを恥ずかしく思った。
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