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大樹の下から、船を漕ぐ
キャーッ!と私は悲鳴を上げた。
大きな蛾が、腕に止まったのだ。
忌まわしい、気持ち悪い!腕をぶんぶん振って追い払う。でも、払ったところで三歩先にも十歩先にも虫はいるのだろう。
「セン、虫くらいでそんな悲鳴を上げていたらこの先やっていけないぞ」数歩先から父さまが声をかけてきた。
「だって父さま、東京にはこんな虫いなかったもの!」
「東京のことは、もう忘れなさい。これからはここで農家としてやっていくんだ。ほら、栄坊も公子も捕まえて遊んでるくらいだ」
「そ、それは……私だってそのくらいの年の頃は虫が平気でしたわ!」
はあ、と私は大きなため息をついた。私が何を言ったところで、父さまの気が変わることはないだろう。
もともと農家の三男坊だったという父さまは、今回の話にはかなり乗り気だった。なんでも、自分の土地が持てるのだと。もちろん、タダではない。この荒れ果てた那須野が原の地を開拓して、立派な農場に生まれ変わらせることができればの話だ。全く、気の遠くなる話よね。
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