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鳥になりたい
鳥になりたい。
あの軽やかな体で、どこまでも飛んでいける翼で、蒼穹の彼方まで行ってしまいたい。 この世のしがらみから解放されたい。
バッグもいらない。コートもいらない。携帯もいらない。靴もいらない。お気に入りの髪飾りもいらない。家族も友達もいらない。この思考もいらない。私はただ、飛ぶことだけを考えていたい。
そして、何もかも忘れてしまった後に、自分の本当に大好きな人に会いたい。
***
私が鳥になってから数年が過ぎた。この思考はまだ消えそうにない。
一体どこまで飛んでしまったのだろう。ここはきっと、私の知らない国だ。
次はどこへ飛んでいこうかな。
飛べば飛ぶ程、私の心は軽くなっていた。
***
いつしか私は、食べ物を必要としない体になっていた。何故なのかと考えることはいつの間にかやめていた。否、そこまでするほどの思考が残っていなかった。
しかし飛び続けているとやはり疲れるので、私は一度地上の木に降り立ち、翼を休ませた。
***
もう、何も感じない。
食欲も、疲れも、睡眠欲も、痛みも、何も感じない。ただ飛びたいという欲求があるのみだ。私は一体、何のために飛んでいるのだろう。それすらも思い出せずに、私はただひたすらに飛び続けた。
***
もう限界なのかもしれない。
思考はほとんど残っていなかったが、直感的にそう感じた。
苦痛は感じないけど、やはり生きているからには寿命がある訳で、体の方が先に限界を迎えたようだ。翼を羽ばたかせようとしても、全く動いてくれないし、鳴こうとして嘴を開けても、変な息が出るだけ。木の枝に留まるのが精一杯だ。
──私は何故、鳥になったのだろう。それももう、とうに忘れた。
***
「お、鳥」
久々に、ニンゲンを見つけた。青い服を着た男の人。
この人は誰だっけ。何か、大切な記憶があった気が……。
「この羽根の色──……アイツが着けてた髪飾りと同じ色だ」
何を言ってるのかすら認識出来なかったが、そう言って男の人は私の羽根を軽く撫でる。
この頬を伝う雫は何だろう。この気持ちは何だろう。私はもう、何も憶えてないはずなのに。
この人は誰だ。私の何も感じないはずの心を暖かくするこの男の人は。
──……何も、思い出せない。
***
あれ、なんだっけ。
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