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雨に舞う
あめあめ ふれふれ かあさんが──。
「──みらちゃん、その歌好きだねぇ」
「うん、雨の日は好き。お外に出られるもん。ねえ先生、今日はお母さん来る?」
「もちろん。今日もご本たくさん持って来てたよ」
「へえ、楽しみ!」
じゃあまた後でね、と告げて205号室を出る。
今日もみらちゃんの母親は、小学生が読むには少し難しい内容の小説を持って来ていた。あの子にはこれが丁度良いのよ、と茶目っ気に教えてくれた。
先天性光線過敏症。
みらちゃんは、そんな珍しい病気を患っている。日光を吸収することでアレルギーが発生するので、基本的に外に出ることが出来ない。
また生まれつき体が弱いことも手伝い、入院と退院を繰り返していた。外出が許可されるのは雨の日だけなので、学校もあまり行けていない。
そのため、みらちゃんにとって本は唯一の娯楽といっていいものだった。
──ポツ、
「あ、雨」
「えーやだ、今日傘持って来てないんだけど」
「折り畳みのやつ貸そうか?」
「やりぃ!」
看護師たちの会話が近くで聞こえる。
雨が降ったのなら、今日みらちゃんはお母さんと散歩するはずだ。少し大きめの青い傘に2人で入って、ゆっくりと病院の中庭を歩く2人の姿は、見ていると暖かい気分になる。
お母さんとの面会が終わったら、晩ご飯を持って行こう。
***
「──いいなあ。わたしも晴れの日に散歩してみたい」
「……ちょっと難しいかなぁ。みらちゃんは太陽の光に弱いからねぇ」
「そっかぁ……」
「どうして晴れの日にお外に出てみたいの?」
難しい、という言葉にしょんぼりしかけた顔が、一瞬でキラキラとした表情になった。
持っていた分厚い本をパタンと閉じ、みらちゃんは表紙の部分を私に見せた。
「あのね! お母さんがくれた本に、天気雨が出てきたの。これなら傘を差せるから、太陽には当たらないよ!」
「うーん、でも天気雨ってめったに降らないよ?」
「いいの。頑張って待つもん」
本を胸に抱くみらちゃんは、目を輝かせていた。
***
数か月後、みらちゃんは容態が急変し、天気雨を見ずに亡くなった。
葬式は慎ましやかに行われた。学校にあまり行けなかったために、友人が少なかったのだろうか。会場にいた人は大人がほとんどだった。
皮肉なことに、その日は天気雨が降った。
葬式の会場から出たときには、空には虹が架かっていて、不謹慎だが綺麗だった。
あの日からちょうど1年が経つ。
みらちゃんが亡くなる日は、今日のような真っ青な空が綺麗な、晴れの日だった。意識を失うまで、みらちゃんは空をずっと眺めていた。
『わたしね、雨の日も好きだけど、晴れの日も好きなんだ』
『真っ青な空を見ていると、吸い込まれそうになるんだ。ああ、きれいだなあ。生きてるなあって』
『もっと元気になったら、晴れの日に散歩したいんだ』
ふと、頬に濡れた感覚。
空を見上げると、優しい光のような雨が、青い空から降り注いでいた。
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