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そしてボクは銀色になる
「銀色ってさ、鏡の色と何が違うの?」
布を持った目の前の少女に問いかける。彼女は少し困ったような顔をしていた。
「鏡に色はないのよ。鏡は反射したものを写しているんだから」
「でも、銀色の物も何かを写してるよね。歪んで見えるけど」
「そうよ。鏡やステンレス板は、ある程度曲がっていたり、凹凸が入っていたり、濁っていたりすると銀色に見えるのよ」
「えーそれ痛そう、綺麗なままじゃ銀色にになれないの?」
「痛みを感じるのはあなたくらいよ。──普通は鏡に意思なんてないんだから」
「……そうだね」
会話が終わると、彼女はボクの鏡面を磨き始める。キュッキュッと、数種類のクリームを使って、赤子を扱うように丁寧に手入れしてくれた。
出会ってからしばらく経つが、彼女はボクを磨くためだけに、何の変哲もない廊下に毎日やってくるのだ。
(────それでも、)
ボクは銀色になりたい。傷付いてでも構わない。動くことの出来ない鏡なんかじゃなくて、自由に動ける身体が欲しい。
***
あれからどれだけの時が過ぎただろうか。
鏡面にはたくさんの傷が付き、バラバラになった欠片が床のあちこちに散らばっていた。
『鏡が喋るなんて気持ち悪い』
『呪われた鏡だ』
『こんな鏡壊しちまえ』
あの人が来なくなってから、今度は色んな人に殴られるようになった。中にはハンマーで何度も殴る者もいた。
そんな頃には、もうボクには鏡としての価値がなくなり、そして忘れ去られてしまった。
でも、これでようやくボクは動ける銀色になれた。
ボクは静寂の廊下を一歩ずつ歩く。歩くたび、ボクの身体はだんだんと人間の身体の形をとっていった。
ボクは、自由の身になった。
外は、夜の静寂に包まれていた。生気のない街の中をゆっくり歩いていくと、目的の場所に着く。
そこは墓地だった。別にひとり寂しく肝試しという訳ではない。
「────あった」
その墓に刻まれた名前は、「安藤京子」。ずっと、ずうっと昔のこと。ボクのカラダを磨いてくれた女性。こんなボクに優しくしてくれた、ただひとりの存在。
「……京子さん」
ボクは布を取り出し、京子さんの墓を拭き始める。いつも彼女がやってくれたように、優しく、ゆっくりと。
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