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黒い猫の話
吾輩は猫である。
そんなこと、言うと思ったか?
そんなたいそうなもんじゃない。
闇に紛れた、ただの生き物に過ぎない。
それでも俺は、いっちょ前に恋をしていたんだ。
毎日、きっかり夕方五時。
決まった路地裏。
そこに彼女はいた。
「かわいーね」
そういって、俺の自慢の毛を撫でてくれるんだ。
俺の好物である、鰹節も忘れてはいない。
いい匂いだ。
鰹節のにおいに混じって、かすかにフルーティーな香りがする。
俺は、その匂いが好きで、頭を撫でてくる彼女の手にほおずりをした。
ずっと、彼女と一緒に入れる、そう信じていた。
そんなある日、彼女がパタリと来なくなった。
彼女のいない夕暮れの路地裏は、あまりに切ない。
俺の悲しげな鳴き声が、空虚に響き渡った。
その日も、その次の日も、そのまた次の日も、彼女はやってこない。
俺が半ばあきらめかけていたころ。
再び、彼女の声が聞こえてきた。
遠くから、近づいてくるローファーの音が聞こえる。
俺は、路地裏から顔を出して、彼女が来るのを待った。
俺の黒い毛が、久々の再会を喜んで風の中で踊る。
しかし、そんな俺が見たのは、知らない男とともに腕を組んで、路地裏を通り過ぎてゆく、彼女の後ろ姿だった。
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